「心臓を捧げよ!」


エルヴィンが、そう声を上げた時の事を今でもよく覚えている。

総勢21名。
普段よりも脅しをかけていた。
4年で9割という数字も、絶望的に聞こえた事だろう。

それでも残った21名。
震えを抑えきれていたのは僅か数名だった。
涙を流す者もいた。
怯えたように、身を縮ませて。

なぜそこまでして、調査兵団に入ろうと思ったのだろうか。
エレン・イェーガーの影響だろうか。
チラリと窺った視線の先で、その子供は真っ直ぐに舞台の中央に立つエルヴィンと、そこから覗く同期の姿を見つめている。
フードの下の表情を、読みとる事は出来なかった。



一体どれだけの新兵が生き残るだろうか。
初陣での生存率は5割。
これまでも続いてきたように、その後も壁外調査は続いていく。
同期が全滅したその時、この子供はどこまで正気でいられるのだろうか。

命を掛けるに値する価値は、壁外に見出だせるのだろうか。

どれも、考えても仕方の無い事ばかりだった。
出てみなければ、何が起こるのかは誰にもわからない。
心配した所で助けられるものでもない。
死ぬ奴は死ぬ。
一月後に待ち受けるのは、そんなどうしようもない世界だ。



「ナナシ」


踵を返した先に佇んでいたハンジに、声をかけられた。僅かに笑みのようなものを浮かべながら、彼女は舞台の方を示す。


「挨拶しなくていいの?」


俺の答えを分かっていながら聞いている。そんな表情だった。


「必要ない。エルヴィンだけで十分だろう」

「リヴァイもそう言ってたけどさ、私たちの可愛い後輩だよ?」


無言で答えれば、ハンジの眉が下がり、諦めたような溜め息が吐き出される。もとから期待はしていなかったようだ。
そもそも、リヴァイも断っているという話だ。必要ならば事前にエルヴィンからも指示があっただろう。

彼女は軽く首を振ると、「相変わらずで、安心したよ」とよく分からない言葉を口にした。
褒められてはいないのだろうが、特に反論する内容も思い浮かばない。

気付けば、後ろでこちらを心配そうに窺っている男がいた。いつも彼女の暴走を止めている副官だ。もしかするとハンジを睨んでいたように見えたのかもしれない。
俺の視線を追ってハンジも振り返る。


「モブリット?」

「ハンジ分隊長、そろそろ──」


その言葉で気付く。
リヴァイ班の面々も、そろそろ戻る時間だ。いつまでも残っていては、イェーガーを隠している意味がなくなってしまう。
彼らとの挨拶もまだだが、今この場ですべき事でもないだろう。

今度こそ立ち去ろうと背を向ける。
呼び止められる事はなかった。

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