バタリと、倒れ込む人影があった。
力尽きたように、そのままピクリとも動かない。
死ぬ寸前まで走らされていたサシャ・ブラウスが、とうとう死んだのか。そんなありえない事を考えながら、ユミルは嘆息する。

あんな所で倒れるとは、面倒な。
いつかのようにパンと水を手に待ち続けようとしていたクリスタを寝かせたのは、もう随分と前の事だ。私に任せろと言ってしまった手前、放置する事は出来ない。
仕方ない。
そう諦めて回収しに向かおうとした矢先に、別の人影が現れた。

男だ。
シルエットからして、同期の奴らではない。先輩方の誰かだろうか。
男は倒れたサシャの元まで歩み寄ると、軽々とした動作でその体を抱え上げてしまった。いわゆる、お姫さま抱っこというやつだ。


「は……?」


完全に意表を突かれて間抜けな声を上げてしまった。
いつの間に。
色気よりも食い気だと思っていたが、芋女にまさかそんな相手が居たとは。

意外な事実だと驚きはしたものの、よくよく観察してみれば。
どうやらそんな甘い雰囲気でもないらしい。

一体どんな関係なのか。
サシャの交遊関係までは把握出来ていない。

男はこちらに向かって歩いて来ているようだった。こちらがサシャを見ていた事に、気が付いていたらしい。

夜目がきくのか、気配に鋭いのか。まぁ、どちらでも構わない。

男はユミルの正面までやって来ると、腕の中のサシャを差し出す素振りをした。


「……任せてもいいか?」

「あぁ……後は私が運ぶ。そこに置いておいてくれ」


普通なら、名を訊ねるくらいはするのかもしれない。先輩であるのなら、敬語でも使うべきなのだろう。
だが、男もユミルも、互いにそこには興味がないようだった。

気にした様子も、注意してくるような事もなかった。
発した言葉は互いにそれだけ。

ユミルとしては、相手が誰であろうとこれからやるべき事に変わりはない為に、早く終わらせたいだけではあったのだが。面倒事は避けるべきだろう。

それだけのやり取りで、男はサシャを床へと寝かせ、立ち去っていった。
これだけ手間を省ける相手も珍しい。

不思議な男だった。


……そんな出来事があったのが、昨夜の事だった。朝食を食べながら話していたのだが、クリスタがなにやら驚いた様子で手を止めていた。


「ユミル…それってもしかして、ナナシ分隊長じゃない?」

「あれが?」


ナナシ分隊長。最近、よく名前だけは聞くようになっていたが…あれがそうなのか。へぇ…。
頭の固い教官殿とは全く違うタイプのようだった。調査兵団は変わりものが多いというのは本当らしい。


「なぁ、サシャ。分隊長さんにわざわざ運んでもらうなんて、どういう知り合いなんだ?」

「…………!」


先程から、クリスタと同じように──いや、それ以上に固まっていたサシャに話を振ってみる。
が、赤いのか青いのか、よくわからない顔色のままダラダラと汗を流し続けているサシャからは、何の答えも得られそうにない。
…というか、なんつー顔してるんだ。

また何かやらかしたのか?
まぁどうでもいいか。
ご、誤解が…!とかなんとか呟いた気もするが、芋女の面倒事に関わるのも面倒そうだ。
聞かなかった事にしよう。

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