「…その傷はどうした」
面倒な相手に見つかった。咄嗟にそう思ってしまったのが顔に出たのか、リヴァイの眼光が鋭くなる。
傷、とは先ほどイェーガーに見せる為に切った左手の事だ。
自傷行為。巨人になる為の手段。それが気になり試しに指先を軽く切ってみせたのたが、思いの外深くいってしまっていたようだ。手元が狂った、とも言えない。ただのミスだ。
普段巨人ばかりを相手にしていたために、力加減を完全に間違えた。
早くも噛み痕が癒えかけているイェーガーをハンジに預け、取り敢えず血でも洗い流そうかと歩いていると、リヴァイに見付かってしまった。
ハンジにはバレなかったのだが、こんな時だけ目敏い相手に嘆息する。
理由はひどくつまらないものだ。
話した所で鼻で笑われるか馬鹿にした目で見られるか。
そのどちらかだと言える。
「お前が負傷するとは珍しい。何をした?」
「………なんでもいいだろう。すぐに塞がる」
実際、大した傷ではない。
数日もすれば問題なく塞がる筈だ。
だがこんな答えで納得するような相手ではない。さてどうしたものか、と考えていると、リヴァイがまさかの行動に出た。
ポケットからハンカチを取り出すと、俺に差し出してきたのだ。
「これで押さえろ」
「は…?」
差し出しされたままのそれを、じっと見下ろす。壁外で使用しているのはよく見掛けていた。主に巨人の血を拭うためのものだ。
リヴァイの潔癖さからして、清潔なんだろうが。
「床を汚すんじゃねぇ」
「……あぁ」
なるほど。そのための。
納得して、受けとる。
もう滴りはしていないものの、じわりじわりと滲む血はまだ固まる気配はなかった。
「付いて来い。治療してやる」
「抉る気か?」
「治療だっつってんだろうが」
イラッとしたのが手に取るように分かった。舌打ちまで聞こえてくる。
だが、まだ抉られた方がマシだった。
なんなんだ。気持ち悪いを通り越して恐ろしい。
この程度の──言ってみればかすり傷だ。洗い流して消毒液でもかければ終わり。そのまま放っておいてもいい。
それを、なんだ。
大袈裟な…やはり気味が悪い。
「新しい治療薬が出来たそうだ。エレンで試そうかと思っていたが…丁度いい。実験台になれ、ナナシ」
「なら初めからそう言ってくれ」
「はっ。心配でもされたと思ったのか?」
「あぁ、心底不気味だった」
新しい治療薬…不穏な響きだと感じるのは気のせいだろうか。イェーガーで実験されるくらいなら、俺が今試す方がいい。
頷けば別段怒る様子もなく、リヴァイが背を向ける。
ぞわりとした感覚を振り払い、俺はその後に続く事にした。
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