エレン・イェーガー。

巨人になれる子供。
ただひたすらに真っ直ぐなその眼差しは、時に憎しみすら宿して巨人へと向けられる。
強い意志を秘めた声音は、誰よりも勇ましい。

だが、俺から見れば、ひどく危なっかしい存在だった。
制御出来ない力は危険だ。
その後の無防備すぎる状態も。

力を出し切り敵を全て倒せたのなら問題はないのだが…
力尽きたその後に、イェーガーの場合は己を守る力がこれっぽっちも残されていない。

ふらふらと。
覚束ない足取りで。
虚ろになった眼差しは、しっかりと見えているのだろうか。


「イェーガー」


名を呼べば、くるりと方向を変えてこちらを向いた。
右へ左へとぶれながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
頭を振り、段々と意識がはっきりとしてきたらしいその瞳を見て、ナナシは右腕を差し出した。


ぐ、と。
気付かぬままに通り過ぎようとしたイェーガーの腹部を支える。
僅かに息が詰まったのだろうその様子を見て、ナナシは静かに嘆息した。


「…やはり見えていないのか」

「すみません…」


まるきり見えていない訳ではないのだろうが。
やはり視野は回復していないらしい。
まだ制御は出来ていない。

謝罪したきり言葉を詰まらせているイェーガーを支え、とりあえず座らせる事にした。


「俺やリヴァイが近くに居ればいいが、何が起こるかわからない内は危険すぎる」

「…はい」

「巨人化して逃げたとしても、その後を考えないと結局は同じ事だ」


実戦では使えない。
言外にそう言えば伝わったのか、イェーガーが俯いた。

人類の希望。
巨人になれる子供。

敵に回った時には、武力を持ってしてでも止める。
俺達の役割はなにもそれだけではなかった。この子供を守らなければならない。

実験を繰返しながら、より確実な方法を探っていくしかない。


「今日はここまでだな。少し休んでから戻ろう」

「はい」

「ハンジが結果を待っている。…そう言えば、妙な事はされていないか?」

「はい?」


ふと思い出す事があり、ついでに訊ねる事にした。以前、アッカーマンが心配していた事だ。
ハンジを信じていない訳ではないのだが、受け取る側の感じ方とはまた違う場合がある。


「体を隅々まで調べられたり、精神的苦痛を受け…もしかして、今受けていたりするか?」

「大丈夫ですよ。必要な事ですし…というか、それミカサですか?」

「随分と心配していたようだった」

「大丈夫です。オレは、…独りじゃないんで」

「そうか」

「はい」


それきり、二人で黙りこむ。
大丈夫だと言うのなら、もうそれ以上に聞く事はない。

制御は出来なかったようだが、暴走はしなかった。今日の結果としてはそれだけで充分だろう。

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