最近、ミカサに近付く男が一人増えた。
ナナシ分隊長だ。
二人揃って表情の変化があまり見られず、話が弾んでいるようには傍目からは見えないが、あのミカサが進んで会話しているとなるとそれなりに親しいと言って間違いはないだろう。

俺達の立場からすれば分隊長などとはまず接点もない筈だが、エレン経由で話すようになったようだ。
つーかそれしか考えられない。

ナナシ分隊長に関して言えば、正直な所、どんな人物かも不明すぎてどうとも言いようがなかった。
分隊長というからには強いんだろうが…あのハンジ分隊長と言い、ミケ分隊長と言い、独特の雰囲気を持つ事は確かだ。

そもそも、ミカサと何を話しているのか。
エレンの事か?
またエレンだ。気に食わねぇ。


「なぁ、アルミン。前にナナシ分隊長と話してたみてぇだが…どんな人なんだ?」

「え、ジャンまでどうしたの?」


俺まで?どういう意味だ。
そのまま顔に出てしまっていたのか、アルミンが苦笑する。


「こないだコニーにも聞かれたんだ。その時にも言ったんだけど、話してみるといい人だよ」

「話してみると、ね」


その段階に進むまで、どれだけの苦労がいるのだろうか。
アルミンはミカサやエレンと近すぎた。
この質問は失敗だったかもしれない。
簡単に礼を言い、俺は的を変える事にした。





「おいお前ら、ナナシ分隊長と話した事ってあるか?」

「ナナシ分隊長?」

「…………」


ベルトルトとライナーに聞いてみれば、複雑な表情をしたライナーが口をつぐんでしまった。
なにかあったのか?


「…ごめん、僕もライナーも話した事はないよ」

「あ、あぁ。話した事はない。力になれなくてすまんな」


ライナーの顔色を窺ったベルトルトが、間を取り持つように答えてきた。
それで我に返ったのか、ライナーも謝ってくる。
…やはり何かあったのだろうか。
揉めた、という話ならミカサだけだと思ったのだが。


「いや、オレこそ急に悪かったな」


聞き出せるような雰囲気でもなかったので、諦める事にした。






次は誰に聞いてみるか。
考えながら適当に歩いていると、バッタリとサシャと出くわした。


「あれ?何してるんですか、ジャン」

「お前こそ、こんな所で何してるんだ」

「私は…その、色々あって!って、質問に質問で返さないでくださいよ」

「そりゃ悪かった。オレは…ちょっと聞きたい事があってな。お前、ナナシ分隊長と話した事ってあるか?」

「!?」


ビクリ、と。
サシャが固まった。

心なしか青ざめているような気がする。
あまりの反応に俺まで驚いてしまった。


「お、おい?」

「………」

「サシャ?」

「っすみません…!!」


叫びながら、サシャが走り去っていく。
すみませんって…なんの事だ?
尋常ではない様子だった。それだけしかわからなかった。
あれが脱兎の如く、というのだろうか。




「え…っ?ジャン?」

「今あの芋女がすごい勢いで走って行ったが…まさかお前が何かしたのか?」


呆然と立ち尽くしていると、サシャの消えた方向からクリスタとユミルが歩いてきた。
相変わらず一緒なんだな…
なんて呑気な事を考えている場合ではない。
何か誤解をされている!


「オレじゃねぇよ!…いや、オレだけど、そういう意味じゃなくてだな!」


駄目だ、自分でも何言ってるのかわからねぇ…!
クリスタの視線に耐えきれず、叫ぶ。
とにかく誤解だ。
必死に弁解すれば、とりあえずは信用してくれたようだった。


「ただ質問しただけだ!」

「質問だぁ?なんの?」

「まぁ丁度いい…お前ら、ナナシ分隊長と話した事ってあるか?」

「ナナシ分隊長…?誰だ、それ?」


ユミルが首を捻る。
本当に覚えていないらしい。
いくらなんでも、それはないだろう。名前くらいは覚えておけと言いたい。記憶にすら残っていないなんて、どんだけだ。


「もう、ユミルったら!分隊長さんの事くらい覚えておかないと駄目じゃない。いつもエルヴィン団長の側に立ってる人だよ」

「ああ…、あの小さい」

「それはリヴァ……」

「……………」

「……………」

「………じゃなくて、ね?ずっと黙ってる人のほう!」


危なかった。
寸での所で踏みとどまったクリスタが、誤魔化すようにぎこちなく笑みを浮かべる。

他の奴なら完全にアウトだったのだろうが。
そんな笑顔も天使だった。
勿論ユミル、お前はアウトだ。

ずっと黙ってる人、というのもなかなかの表現だったが、あながち間違いという訳でもない。
基本的にナナシ分隊長はただ佇んでいるだけで、俺達に向かって発言してくるような事はなかった。


「知らねーな…私はクリスタがいればそれでいい」

「お前に聞いたオレがバカだったよ」

「あの…ごめんね、ジャン」

「いや、気にしないでくれ」





二人から離れ、ベンチに腰かけて空を見上げる。

聞けば聞く程わからなくなっていく…というより、そもそも情報が全く入ってこなかった。サシャに関しては完全に謎だ。

無駄足だ。
いい加減疲れてきた。
どうして俺はこんな事を始めたのだったか。


「ジャン」


そんな時に、ミカサから名を呼ばれた。
驚いて視線を空から地面に戻す。
ミカサの方から俺に声をかけてくる、なんて、初めてではないだろうか。
慌てて立ち上がる。


「みんなに、ナナシ分隊長の事を訊ねていると聞いた」

「あ、あぁ」


誰だ、話した奴は。
まさかミカサ本人からその名を聞く事になるとは思わなかった。
…いっそ、ここは直接聞いてみようか。そう思い付いた時。


「そんなに気になるのなら、直接話してみるといい…」

「え?」


つい、と。
ミカサが視線を右へと流す。
つられるようにそちらを見て――
ジャンはピシリと固まった。

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