じっと。
見つめられている視線に気付いて、ナナシは足を止める。
振り返る事はせず、暫く立ち止まったままで思考を巡らせた。

ただ見られている。
そこに特別な感情は存在していない。

この視線はアッカーマンのものだ。
先日から何度かその視線を感じているのだが、目が合う前に逸らされてしまい、理由を聞く事も出来ないでいる。
こちらから話しかけてもいいのだが、そうするとまた騒ぎになりそうで面倒な気持ちもあった。

アッカーマンとナナシという組合せは、ある意味有名になりつつある。
訓練中のあの騒動からまだそれほど期間は経っていないが、首席と分隊長という肩書きは思いの外大きいもののようだった。

人垣が割れ、二人が対峙したあのすぐ後。
呼び出しはくらったものの、なんのお咎めもなかった事実は既に新兵達にも知れ渡っているはずだったのだが。
なにか行動を起こすべきなのかもしれないが、起こせば起こすだけ泥沼に嵌まりそうな気もする。
やはりエルヴィンに任せよう。

そう結論付けて、ナナシは振り返った。



「………!」


バチリ、と目が合う。
気付かれているとは思っていなかったのだろうか。見開かれた瞳はやはりアッカーマンのものだった。

タイミングをずらしたのが成功したようだ。
誤魔化せないと判断したのか動きを止めた彼女に、無言のまま顎を引き、自分の後に付いて来るように促す。
目立つ事のないよう人気のない物陰で足を止め、アッカーマンが来るのを待つ事にした。



「話があるのなら聞こう」


俯いたままやって来たアッカーマンに告げる。
あれだけ熱心に見ていたにも関わらず、なにかを躊躇ったままなかなか答えようとしない様子に嘆息し、ナナシは推測を口にした。


「イェーガーの事か?」


その名に弾かれたように顔を上げる。
正解のようだ。

最近話すことが増えた自分とは対称的に、この目の前の彼女は古城にいるイェーガーとは会うことすら出来ない状態だ。
気になるのだろう。

だからと言って何故自分に、と思わないでもなかったが、リヴァイを敵視していた事を思い出して納得する。
それに以前、その数少ない再会の時間を邪魔してしまった事を思い出した。


「エレンは…元気にやっていますか」

「体調面での問題はない。班の皆とも上手くやっているようだ」

「体を隅々まで調べ尽くされたり、精神的な苦痛を受けたりとかは…」


一瞬、ハンジの事が頭を過る。
隅々まで…は調べ尽くしていないよな、さすがに。
そこまで見境のない行動は取らない筈だ。…後で一応釘を差しておこうか。
そこまで考えて、ナナシは頷いた。


「心配ない。壁外で万が一イェーガーが暴走した場合も、命の危険がないように対策は考えている」

「…兵士長の代わりに…、ナナシ分隊長がエレンと行動を共にする事は出来ませんか?」


意外な問い掛けだった。
リヴァイよりは信頼されているという事だろうか?
真っ直ぐに向けられてくる瞳に僅かに困惑しながらも、それは出来ないと首を振る。
これはエルヴィンの決定だ。
今はあの人類最強に任されている。


「リヴァイも悪い奴じゃない。ああ見えて仲間想いな所もある」

「…………」

「やり過ぎない様に俺も見ている。安心してくれ」


納得してくれたのかどうなのか。
長い沈黙を挟んだ後、コクリと頷いたアッカーマンが、そのまま深く頭を下げてきた。


「エレンをよろしくお願いします」


詳しい事は聞いていない。
幼なじみ。家族のようなもの。
二人の関係性について知っているのは、それくらいなものだ。

それでも、このアッカーマンの発言は、特別なものだとは理解出来た。


「………少しだけ、ここで待て。出来るかどうかは分からないか、イェーガーを呼んでこよう」

「!」

「必要ならアルレルトも連れてくるが、どうする?」


ようやく。
ようやく、少女らしい表情を見た気がする。
張り詰めた兵士の姿ではなく、彼女本来の姿を。

リヴァイをどう説得するか考えながら、ナナシはそんな彼女の返答を待つことにした。

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