「あー…ブラウス…?いや、違うな、ブライト…ブランド…何て名前だった?次席でここに入った…」

「ライナー・ブラウン」

「それだ」

「彼がどうかしたのか?」


資料に向けられていた視線が、ようやく上げられる。
先程俺が持ってきたばかりの報告書も、右手に置かれた山の上に乗せられていた。

開け放たれた窓から室内に吹く風は穏やかで、家具や間取りは他と変わらぬ筈だったが、この男の持つ雰囲気とよく調和していた。
エルヴィン・スミス。
俺達を取りまとめる団長だ。

一向に減る気配のない紙の束を前に、エルヴィンは疲れた様子も見せずにこちらを窺ってきた。


「飛んできた」

「…なに?」


エルヴィンが瞬く。
この表情は珍しい。
それが見たいがために簡潔に言ってみたのだが、もう少し詳しく説明する事にした。


「新兵の訓練を見に行ってきたんだが…アッカーマンに投げ飛ばされたらしい」

「そういう事か」


アッカーマン、という名だけで、エルヴィンは納得したようだった。


***


その軌道に入ってしまったのは、全くの偶然だった。
ナナシ分隊長!!と焦ったような声音が響き、そちらへ視線を投げれば大型な男が降ってくる所だった。
受け止める事も出来そうだったが、受けるダメージを計算すればそう簡単には実行に移せず、結果、避けるという結末になった。
ドシャ、と鈍い音を立ててすぐ傍に落下した次席の後輩。

割れた人波の先に、驚きに固まるアッカーマンの姿があった。

まるで狙い定めたかのようにこちらに向かって飛んできたのだ。
わざとか、と思った者もいたらしい。
そうではない事は分かりきっていたのだか、その場にいた全員に説明するのも面倒すぎた。


***


「…で、どうしようか迷ったんで連れてきた」

「ここに?」

「それなりの騒ぎになった。一応は上官に報告すべきかと」

「故意ではなかったんだろう?…私に押し付ける癖は変わらないな」


苦笑するエルヴィンを見届けて、扉へ向かう。
外で待たせてあったアッカーマンに声をかけると、どこか申し訳なさそうな瞳と目があった。
そう言えば、ここに来るまでに会話を全くしていなかった。
己の失敗を悟る。


「ナナシ分隊長…先程は…」

「大丈夫だ、解っている。むしろ俺のタイミングが悪かった」

「いえ、回りに目が向けられていませんでした。申し訳ありません」

「気にしなくていい。俺こそ訓練の邪魔をしてしまったようで申し訳ない」


大柄と言ってもいい体があそこまで吹き飛んだのだ。訓練に熱心に取り組んでいたのだろう。
アッカーマンは謝罪しようとしてくれていたようだったのに、自分はその機会すら作れていなかったようだ。

取り敢えず入ってくれ、と促して室内へ戻れば、先程とは違った苦笑を浮かべているエルヴィンと目が合った。

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