ナナシさん。
いつの間にか、エレンはアイツの事をそう呼ぶようになっていた。
前まではナナシ分隊長、だったと思うのだが。
知らぬ内に随分となついていたようだ。


ふらりとこの古城にやってきたナナシが、昼食を終えたばかりのエレンに近付いていく。
その姿を見つけると、エレンの表情が僅かに綻んだようだった。
ナナシさん、そう呼んだ声が弾んでいる。

見るともなしに二人の様子を眺めながら、リヴァイはティーカップの中身を飲み干した。


「イェーガー、今から立体起動の訓練でもしないか?たまには身体を動かさないと鈍る」

「え…?いいんですか?」

「今日は実験は休みらしい。──リヴァイ、いいだろう?」


そんな二人の視線に晒され、好きにしろ、と短く返す。

珍しい。
ナナシは面倒見のいいタイプではなかった筈だ。後輩に限らず、自ら話しかけるような事も滅多にない。
それがどうしてこうなったのか。

『珍しいな。まさか気に入ったのか、リヴァイ』

あの時の台詞が蘇り、知らぬ間に失笑してしまっていた。
あれをそっくりそのまま、今のナナシに返してやりたい気分だった。



***


「おい…!今、兵長笑わなかったか…!?」

「そんな馬鹿な…!お前の見間違いだろエルド!」

「いえ、でも確かにさっき…」

「ペトラまでなに言ってんだ!」


コソコソ、小声で混乱している班員たちには気付かぬまま、リヴァイは食器を手に立ち上がり、ナナシはエレンと共に外へ出ていく。
穏やかに流れる時間は、調査兵団に身を置く彼らにとって、久しくないものだった。

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