友達


この世界にきて、早くも明日からゴールデンウィークの連休が始まってしまう。もう肺に穴が空くんじゃないかってぐらいの回数はため息をついた。ため息をついて家に帰れたらいいのに……。

この前、雪咲さんに勇気を振り絞って仲良くしたいと言えたけど、正直あまり変わってない気がする。
……まあ、そんなものだよね…。話してくれるだけでも有難いと思おう…!

この学園に来てから、まともに同い年の子会話したことがあるのは雪咲さんのみ。といっても、正直元の世界でもまともにクラスの子と喋ってなかったし、それより雪咲さんが同い年だっていう方に驚いた。絶対年上だと思っていたのに……。

けれど、クラスの人が私に話しかけられない理由が元の世界とは違う。元の世界だったら、私が目立たないしすぐに図書室に引きこもるからという、主に私のこの性格が原因だった。
のに、この学園だと何故かこう……恐れられているというか……!転校してきて、いきなり風紀委員書記の役職だったりしたのが原因らしい。それ私好きでなってるんじゃない……!

風紀委員の立ち位置は、正直ありがたい。けれど、気を遣ってくれたのかもしれないけれど!書記とかそんな重役は名前の通り重いです雪咲さん……!
彼が何を考えているのかさっぱり分からない。同い年なのにこんな学園で、ほぼトップレベルの役についている人の気持ちなんか私なんかが読み取れる訳がないか…。


色々考えていたら頭が痛くなってきた。この世界に来てから結局ずっと雪咲さんのお手伝いをしていて、まともに本を読んでいない。今日こそは図書室にいこう……。

ふらふらとした足取りで、俯きながら歩いていたら壁に激突してしまった。ああ、もう本当自分が嫌だ……!



「……ひ、広い……」

思わず口から零れ出た。地図からしても広そうだな、と思っていた図書室は予想をはるかに越えていた。これはもう図書室ではなく、図書館だ。
だだっ広い空間に圧倒されながらも、恐る恐る図書室の中を歩く。思ったより人は少なくて、少しほっとしている。私は小説の本棚に足を運び、自分の好きなシリーズがないか探すが……見当たらない。ちらほら知っている名前も見かけるけれど、やっぱり別の世界だとなかったりするのか……。
少し肩を落としたけれど、知らない小説があるのも嬉しい。私は見たことがないタイトルの小説を適当に一つ選び、本棚から取り出した。ただ、本棚から近い机は全部誰かが座って本を読んだり勉強したり。数人で小声になって話していたりと、座りにくい。

うーん、と少し唸って辺りを見渡す。すると、黒髪の男の子が一人だけで寝ている机に目が行った。なんとなく、その寝ている人なら大丈夫そうと直感が言って、そこに向かう。
寝ている人を起こさないように、そろりと一番遠い椅子を引いて座る。よし、大丈夫だ。起きる様子のないその人を見て安堵し、小説を開いた。

瞬間、がばっとその人が顔を上げて思わず小さく悲鳴を上げた。机揺らしたり音立てたりしていないのに……!

きょとん、とした表情でこちらを見てくる。私と同じ黒髪黒目で、素朴な人って言えるタイプの人だ。そんな人を見たのは久々だし、風紀委員の腕章を見ても特に何も反応がない人なんて初めてで。どこか安心感を覚えた。
その男の子は、ぐっと身を私の方に乗り出してきた。それに比例するよう私は少しだけ体を後ろに引く。

「ね、ここにいつきたの?」
「え、さ、さっき……ですが…」
「違うよー。この学校にいつ来たの?俺が来た時まだいなかったよね?」
「い、一週間ほど前……ですが……」
「そっかー。俺春休みからきたんだよー」

のんびりとした口調と子供っぽい笑顔。突然質問してきたのは驚いたけれど、悪い人でもないし怖くもない。私を敬遠している様子もない。それに、この学園にいる期間も私とさほど変わらないらしい。この世界に来てから、初めて話していたら安心できる人に会えた気がする。

「俺、鏡華椎南ー。君は?」
「え、あ、ふ、藤原和咲です……」
「そっかー」

机の上に上半身を預けて、伸びをする……鏡華くん。机の上に寝そべるのはあまり良くない気がするけど……。
どうしよう、何か話した方がいいのだろうか。でも初対面の人と何を話したらいいか分からないし…。
小説を読もうか、鏡華くんに何か話した方がいいのか挙動不審な行動をとっていた。そしたら、鏡華くんが突然私を下の名前で呼んでびくりと肩を震わせた。

「ね、なんでこの学校きたの?」
「…な、なんで、と……言われまして、も…」
「俺はねー、やっと運命の人見つけたんだ。でもこの学校から出ちゃ怒られるっていうから、俺からこっちに来ちゃった!」
「は、はぁ……」
「だけどずっと一緒にいたいのに、お仕事一緒に連れてってくれないからここでお留守番してるの。あー、霙早く来ないかなぁ〜……」

ぐだー、と項垂れて「霙〜…」とまるで子供が親を呼ぶような寂しそうな声を出す鏡華くん。私はそうなんですか……、としか返事のしようがなかった。怖い人じゃないけど、なんだかマイペースな人だなぁ……。
確かに、生徒手帳に書いてあった校則にはこの学園から出ることを禁止すると書いてあった。なのにその霙?さんという人の為にわざわざ自分から入って来るなんて、凄く好きなんだなぁ……。

「ね、暇だから友達になろ?」
「………はい?」
「友達」

そんな誘い文句は生まれてこのかた始めてですが鏡華くん。暇だからってどういう理屈なんだろう……!?
私が頭にクエスチョンマークを浮かべていたら、んー…と鏡華くんが唸り出した。怖くないけれど、この人何を考えているか分からない……!

「俺、この学校の人霙以外興味ないんだけどねー」
「え、えっと……?」
「友達いや?」
「い、嫌ではありませんけど……」
「じゃあ今日から友達ー」

いやいや鏡華くん、話の前後が繋がってない気がしますが……!その霙さんという方以外に興味がないといいつつ、なぜ私に友達になるよう言ったんだろう…!!
鏡華くんが突然手を伸ばしてきて、握手される。男の子に手を握られるなんて初めてだったけど、不思議と恥ずかしいとも嫌だとも思わなかった。
色々ツッコミたいけれど、でも友達になろうなんて言われたことは悲しいことに今までなかったから。だから、ツッコミたい気持ちは結構あったけれど嬉しい感情の方が勝っていた。

よろしくねー、といいつつ私の手をブンブンとふる鏡華くん。私はされるがままになっていたら、突然ピタリと鏡華くんの動きが止まって首を傾げた。

「え、えっと……きょうか、」
「霙がきた!!」

私の手を離して、満面の笑みになり振り向く鏡華くん。鏡華くんの視線の先を追ってみたら、綺麗な女の子が歩いてきた。
鏡華くんは勢い良く立ち上がり、恐らく霙さんであろう人の元に駆け寄った。

「お帰り霙ー!」
「ただいま。椎南、ここは図書室だから少しだけ声を小さくしようか」

子供を宥めるようにいう彼女に対して、鏡華くんは小さな声ではぁーいと笑顔で返事をした。見ていて、本当に霙さんが好きなのが分かる。
ふ、と霙さんの視線が私に移った。それに気付いた鏡華くんが「友達ー」と私を紹介する。それに少し、驚いた表情をする霙さん。だけど、すぐにその顔は綺麗な笑みに変わった。

「私は箕社霙。椎南が世話になったみたいだね、藤原和咲さん」
「え、ど、どうして、私の名前……」
「私はこの学園で請負人をしている身でね。仕事柄少し話題になっていることはすぐに耳に入ってくるんだ。
突然の転校生が風紀委員書記という話題から、君の名前を知ったよ」
「そ、うなの……ですか……」

霙さん……もとい、箕社さんはにっこりと笑顔で教えてくれた。雪咲さんといい、この学園の生徒の人は仕事とか色々しているんだなぁ……。
ぼんやりと考えていたら、箕社さんはメモを取り出してさらさらと何かを書き留めた。ペンを走らせるのをやめて、メモ帳の一番上の部分をぺりっと取り外し、私に差し出した。

「もし何かあったらここに連絡してみてくれ。力になれるかもしれないから」
「あ、ありがとうござい、ます……」

紙を受け取って、じわりと涙が溢れそうになる。この学園に来て、初めて人に優しくされた気がする。雪咲さんも優しい人だとは思うけれど、怖さがあってどうしてもそこに感情が負けてしまう。今も感情に負けて泣いているけれど、これは嬉しさと安堵からきている。そんな涙久々だ。
けど、泣いていたら二人に迷惑がかかるし必死になって目をこすり、涙を止めようとする。

その時、ぽんっと頭に何かが乗ってそのまま優しく撫でてくれた。

「俺、他人のを見る力ないけど。きっと和咲の運命の人もこの世界にいると思うよー!」
「………え?」

顔を上げたら、子供のような無邪気な笑顔をしている鏡華くん。言った意味を理解出来なくて、思わず涙も引っ込んでしまった。
私が泣き止んだことに気が付いたのか、ぱぁっと笑って私の頭から手を退かし、箕社さんの手を引いた。

「お腹減ったから帰ろ、霙!ばいばーい和咲!!暇になったらまたここに来てねー!」
「え、え、あの、鏡華くん、」
「椎南でいいよー!」

箕社さんの手を握っていない方の腕をブンブンと振って、あっさりと去って行く二人。途中で「こら、図書室では静かに!!」と監視の人の声が聞こえてきた。

私はまるで嵐が去って行った気分で、呆然としていた。頭の中で鏡華くん……いや、椎南くんの言葉を思い浮かべる。
運命の人………なんて、そんな物語みたいな話……。確かにここは物語の世界だけど、私はこの世界から早く帰りたいのに、なぁ……。


私は、その他にも椎南くんが言っていた言葉に引っかかりながらも、手にとっていた小説を読み始めた。






「君が私以外と話していたなんて、珍しいね」
「だって和咲、別の世界の人だしなんか懐かしい感じがしたんだ」
「………え?」
「ん?俺変なこと言った?」

そんな会話がされているなんて、異世界少女は気づかない。


(ゴールデンウィーク中に帰れたらな……)
(あああ、お母さんの料理が恋しい…!)

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