不安


この世界に来て、分かったことは三つ。
一つは、この学園内だと人が人を殺すことはほぼ日常茶飯事のレベル。
もう一つは、風紀委員は世間でいう警察みたいなもので…。それはいいけれど、雪咲さんは規律を破った人は、その……殺す場合もある、らしい……。
そして最後にもう一つ。

一週間以上経ったのに私が帰れていない……!!

放課後の廊下、鞄を抱えてはぁぁっと大きくため息をつく。幸せが逃げそうだけれど、そもそもこの一週間幸せを感じた事が無い…。いつもなら、もうとっくに帰っているのに。こんなに長い間本の世界にいるなんて……どうしちゃったんだろう…。
分かったことの内二つは、凄く怖いし不安になるけれど……。私にとっては本の世界の話だし、この世界の人からしたら現実だけど…私はやっぱり物語の設定だから、いつか現実じゃなくなると何度も自分に言い聞かせた。これまでもこういう怖い世界に来たときはそうやってなんとか乗り越えてきた。
けれど、だけど……!

帰れないとなると、そんなこと思ってもいられない……!!

もう本当に帰れない、ということが一番怖くて不安だ。救いなのは風紀委員を傷付けたり、その…死に追いやったりしてはいけないというルール。もう本当にこれがなかったら私はどうなっていたことだろうか…!
想像するだけで背筋が凍る。本当に雪咲さんに感謝しなくちゃ……!!……人を殺しているっていうのは怖いけど、でもやっぱり寮とか風紀委員に入れてくれたりしてくれた雪咲さんは……優しい…と思いたい…。態度は怖いけど…。唯一頼れる人だし、仲良く……出来たらなぁ…。

「………あ、」

噂をすればなんとやら……。いや、声に出して誰かと話していたわけじゃないけれど。
私が今考えていた人が、水色の髪を揺らしながら前を歩いていることに気づいた。声をかけようかどうか悩む。この一週間、彼と話した場所といえば、私が現れた風紀委員長室のみ。校舎の廊下で見かけるのも初めてだし、自分から声をかけようかと悩むなんていうのも初めてで勇気がでない。

……でも、仲良く出来たらって思ったところだし……!

抱えていた鞄をぎゅっと抱きしめて、前を歩く雪咲さんのところに駆け寄った。

「ゆ、雪咲、さん…!こんにちは……!!」
「……ああ、お前か。何か用か?」
「と、くに何も……ありません、けど…。その、見かけたので…」

雪咲さんは私の声に気付いて、足を止めて振り返ってくれた。だけど、何か用かと聞かれたら特に何もなくて。わざわざ足を止めさせたことに申し訳なくなってきた。
ふぅん、と特に興味なさそうに呟いた雪咲さん。それから何か思い出したかのように「ああ」と声を出した。

「ならついでに委員長室について来い」
「え、な、なんでですか……?」

今日は特に仕事はない。と言われていたから、雪咲さんと少し話したら図書室に向かおうと思っていたのに…!
い、いやいや、話しかけたのは私からだしそんなことは言ってはいけない。頑張って仲良くする努力するんだ……!この学園、一人で生きていける気がしないし…!

「少し書類が増えたんだよ。整理するの半分手伝え」
「わ、わかり…ました……」

駄目だ。やっぱり雪咲さんの命令口調と雰囲気が怖くてたまらない……!まだ顔を見ながら話すことは出来なくて、目を逸らしながら返事をした。その私の様子を見て雪咲さんは少し鼻で笑い、さっさと歩き始めた。私は慌ててそれについていく。雪咲さん歩くの速くて転けそう……!

「俺が怖い、って顔に書いてあるな」
「そ!?そんな、こと…な、ないです…よ……!」
「ハッ、図星か」

小馬鹿にした笑みを私に投げかけてくる。もう何も言い返せないし、ぐさりと突き刺さるし……。こういうところも含めて本当に怖いよこの人……!

「ゆ、雪咲さんだけ、でなく……この学園自体が…怖いです、よぅ……」
「仕方ないだろ。この学園はそういう連中の集まりなんだから」

ばっさりと切り捨てられてしまった…!思わず何でこんな世界に…と小さく呟いたら雪咲さんは「知るか」の一言。
そうですよね。雪咲さんに言ったって分かりませんよね……!でも、愚痴をぽろっと零すぐらいはさせてほしい……。
じわりと涙を浮かべながら思いっきりはぁと深いため息をついた。ああ、この一週間で一体何度ため息をついたんだろうか……。

「そういえば、元の世界とかいうのにはまだ帰らないのか?」
「か、帰れるなら、もうとっくに帰ってますよ……!ふ、普段なら、初めに会った人と…いたら……いつの間にか帰れて、いたのに……」
「初めて会った人、ねぇ……つまり俺かやっぱり」

あからさまに嫌そうな顔をする雪咲さん。その通りだし、私が小さく頷くと雪咲さんは軽く舌打ちをしてめんどくせぇと一言零した。
その行動にびくり、と肩を揺らす。ひぃぃ……やっぱり怖いよ…!怖いけど、でも頑張らなきゃ……!!

「きょ、極力迷惑かけないように、しますけど……あの、出来れば仲良くしていただけたら……う、嬉しいなぁ、と……!」

この数年で最大の勇気を振り絞った気がする…!
心臓がバクバク言って破裂しそうだ。どうせまた鼻で笑われてしまうのだろうけど。ああ、勇気を振り絞って言ったことを今ものすごく後悔してる。絶対今の雪咲さんが不機嫌な時に言うタイミングじゃなかった。私バカだ……!!
俯きながら雪咲さんの返事を待っていたけれど、何も返ってこない。恐る恐る上を向いて、雪咲さんの方を見てみたら少しだけ驚いた表情をしていた。

「…………人殺しが怖いくせに人殺しと仲良くしたいって…お前バカなのか?」

最後の一言がぐさりと刺さった。確かに言われたらそうかもしれないけれど。でも、さっき自分が考えていたことは変わらない。
また俯いてしまって、鞄をぎゅっと抱き締める。そして、小さな声だけどぽつりぽつりと雪咲さんにその自分の考えを頑張って伝えた。

「……こ、怖いですよ…でも頼れるの雪咲さんだけですし……寮とか、配属先とか…手配してくれたし……。
その、信頼してほしい……とか、まで……言いません……ただ、えっと……その、せめて、帰るまで…少しでも、仲良く…なれたら、なぁ……って…」

最後の方の私の声を、雪咲さんは聞き取れているのだろうか。少し不安になってきた。聞き取って貰えたとしてもこんなこと誰かに言うなんて始めてだし、拒否されてしまいそうな気がしてならない。
自分の消極的な発想のせいで、勝手にじわりと目尻に涙が浮かんできた。雪咲さんの表情を見るのも怖い。

鞄を抱き締める力が強くなる。ああ、今すぐここから逃げたして部屋にこもって本を読みたい。お母さんに抱き付いて大泣きしたい。絶対雪咲さんから断るってばっさり切られるに違いない……。


「…お前、変わった奴だな」
「ぅ、え、?」

雪咲さんが発したのはその一言だけ。それは予想していたものとも望んでいたものとも違って、混乱して思わず足を止める。
それに気付いた雪咲さんがさっさと歩けと私に投げかけてきて我に返り、慌てて足を再び動かした。

………この学園の人の方が、よっぽど変わってると思うんだけどなぁ…。


(そういえば、結局仲良くしていいか駄目なのか……言われていないなぁ)

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