登校


体になれないベッドに布団。未だに消えない首もとの感覚。脳裏に焼き付いているあの冷たい目。頑張って目を閉じて寝ようとしても、そういう色々な物が邪魔をして全く寝付けられなかった。
気がついたら柔らかい朝日が、カーテンの合間から差し込んできていた。最初から部屋に取り付けられていた掛け時計に目をやると七時前を指していた。
もう寝ることは諦めて、準備をしよう……。

ゆっくりと体を起こして、ベッドの上で見慣れない部屋を見渡した。まずは顔を洗って、えっと確かキッチンもあったし冷蔵庫の中に食材が入ってたら朝ご飯とお弁当作って……。それで、

突然、規則的な電子音が部屋中に鳴り響いく。そのせいで考えは中断させられたし、全く予想していなくて思わずベッドの上から転げ落ちた。

「いった…!で、でん、わっ」

鳴っているものはケータイで、昨夜勉強机の上に置いたことを思い出してそこに向かう。
だけど、勉強机にあったのは元々部屋に置いてあったものだし。中を確認したら連絡先はゼロだったのに誰だろう。
疑問を胸に抱きながら、タッチ式のケータイを手にとって通話応答の文字を触り耳に当てた。

「も、もしも、」
『遅い』

私が言い切る前に電話相手の人がずばっと言葉を切った。聞こえてきたのは、聞き慣れていないけど記憶には焼き付いている男性の声。

「ゆ、雪咲、さん?」
『制服を着て昨日の部屋に来い』
「え、でもまだ、」
『さっさとしろ』

雪咲さんがそう言ったあとにぶつっと切れた。何も聞こえなくなったケータイを呆然と眺める。

お、横暴だ……!!やっぱり怖い……!

はぁ、とため息をついてケータイを机に置き、クローゼットを開けて制服を眺める。中のシャツですら灰色で、なんだか怖いなと思いつつパジャマから着替える。
袖を通して、スカートを履いて。気づく。このスカート物凄く……短い!

「ひ、膝が出る……!」

一番長くしても膝上な制服って……!!
ぐいぐいと裾を引っ張るけれど長さは変わらなかった。普段絶対膝より大分下のスカートしか履いていないから、この短さで外を歩くなんて恥ずかしくてたまらない。今日帰れるかもしれないけど、数分この長さのスカートを履くなんて苦行だ……!
一緒に入っていた体操服のズボンを履いてみようかと思ったけど、正直あれは好きじゃない。スパッツはあったから履いたけれどやっぱり膝がでているのが気になって仕方が無い。
とりあえず、と一番長い靴下を履いたけれどそれも黒で。私は白の靴下しか履いたことないしそもそもこれは所謂ニーハイってやつだし。履きなれないものばかりで挫けそうになる。

「もうやだぁ……!」

情けない声を出しで床に座り込む。けれど、雪咲さんの「さっさとしろ」の声のトーンが頭をよぎり、慌てて立ち上がって髪を三つ編みにする。
朝ごはん食べてないけれど、雪咲さんを待たせる方がダメな気がする……!

半泣きになりながら、鞄を手にとって部屋を出た。



「遅い」
「す、すみま…っ、せん…!」

肩で息をする私に投げかけられたのは、本日二回目の言葉だった。走ってきたからへとへとで、私は赤い絨毯の上に座り込んだ。
昨日と同じように奥にある黒革の椅子に座っている雪咲さんはそんな私を見て、「どんだけ体力ねぇんだよ」と見下す様に呟いた。

いや様に、じゃなくて完全に見下されてる……。
それに何も言い返せなくて、ぐっと言葉につまる。体育の成績なんていつも下から数えた方が早い私に、体力がなんて言われてもどうにもならないんですごめんなさい…!

俯いて泣きそうになっていたら、ぽすっと頭の上に何かが乗った。何だろう、と思って顔を上げると目の前に雪咲さんが立っていて思わず「ひっ」と声を上げた。

「……だから一々びびるな。うざいっつってんだろ」
「ご、ごめんなさい……!」

貴方が腕組んで見下されていたら誰だって怖がりますよ絶対……!!涙が流れるのを堪えつつ、頭に置かれた何かを手にとって見てみる。
それは腕章で、目の前にいる雪咲さんが着ているブレザーにつけているものと同じだった。

「風紀委員の腕章だ。校内では常に付けておけ」
「あ、は、はい……」
「それをつけたら職員室に行ってこい。あとは教師に説明するよう言ってある」

教師にって……、昨日一通りこの学校の規約や色々読んだけれど……どうも雪咲さんの風紀委員長という役職はかなり上の地位らしい…。けれど、生徒が殆ど取り仕切っているなんて本当に物語の世界なんだなぁ。
ぼんやりしながら腕章を袖に取り付ける。こういうものもつけたことがなくて、落ち着かない要素が増えてしまった。

立ち上がって部屋から出ようとしたとき、ふと少し思い付いた。

「あ、あの…雪咲さん……」
「……何だ」
「い、いえ、あの、……雪咲さんはその、い、一緒に行って……くれないの、ですか…?」

は?といいたげな顔をされてしまった……!!
そういう反応されるとは思っていたけれど、だって、一人で知らない学校を歩くの怖いし不安で、それに元の世界に帰るにはいつも初めにあった人が側にいたし、雪咲さん怖いけど側にいてくれたら嬉しくて……!
なんて言える訳がない。雪咲さんの返事も待たずにすみません!と謝って部屋から飛び出して廊下を走る。職員室の場所は一応、昨日見た校内地図で覚えているから大丈夫だけど……!

ある程度雪咲さんがいた部屋から離れたら走るのをやめて、はぁぁっと深いため息。

今私が頼れるのは雪咲さんだけだし、なるべく仲良くしたいけど……やっぱり怖いなぁ……。


その後、雪咲さんの言われた通り職員室に向かったら私の担任になる先生が出てきて教室まで案内された。
小中の時に何度か見たものと同じように、私は教卓の前に立って転入生として紹介される。

その時、私の腕に付けている腕章を見て教室内がざわりとどよめいたし視線が痛いから、もう泣き出したいし帰りたくて仕方が無かった。


(ケータイが揺れて見てみたら、雪咲さんからメール)
(……私を風紀委員書記に配属させたってどういうことですか雪咲さん……!!)

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