説明


何分間泣いたのかな……。こんなにずっと泣き続けていたのはきっと赤ん坊の時以来初めてだろう。
……泣き止んだ今でも、まだ泣き出したい気分でいっぱいだけど……!!

高校生が座るには、豪華すぎる黒革のソファ。その手前には指紋一つないガラスの長机。ちらり、と目を横にやれば窓を背に豪華な黒革の椅子と執務机。床には真っ赤な絨毯。この空間だけでも、圧倒されてしまう。
ただ、今は空間以上に私を圧倒してくる人物がいる。長机を挟んで、私が体を預けているソファと同じものに、その人は座っている。

腕を組み、不機嫌なのがこちらに伝わってくる表情。たった今さっきまで、私の首元に…ナイフを突き付けていた人物。
泣き喚いていている私に、驚き呆れたような声で「泣くなよ、鬱陶しい」と吐き捨てて、ナイフをしまい正面に座った。それが今現在の状況。

まだ喉元に刃物が当たっていた感覚が抜けない。死んでない…?殺されてないんだよね……?

「……おい」
「ひっ!」

少しの間の沈黙が、目の前にいる人によって破られる。その声で、少し落ち着いたはずの恐怖が再び戻ってきた。
私は肩を震わせ、涙を目に浮かべた。顔を逸らして、床の方に視線を送る。焦点は合わず、ぼんやりとしてる。

その様子を見ていた目の前の人は、気だるそうにはぁ、とため息をついた。

「とりあえず、事情でも説明しろよ」

それと一々びびるな、と言われても……!首に刃物突き付けた人を、どうやって怖がらないでいろと言うんですか…!!
だけどこの状況。そんな事を言っていたら……さっきみたいに殺されかける、かもしれない…!

すぅはぁすぅはぁ、と何度も深呼吸をする。いきなり、ナイフを出した、けど、話をちゃんと聞いてくれるんだから、きっと、悪い人じゃない。……はず。
怖い、けど……。制服着てるし、同い年ぐらい、だし……本当に怖い人なら、多分、私今こうやって深呼吸なんて出来てなかったかも、しれないし……!

一気に息を吸って、深く吐き出す。顔をみたら、また泣くかもしれないから、下を向いたまま、だけど。

「……じ、つは…」



「なるほどな…」

コーヒーが入ったカップを置くと、カチャリと音がなった。
私が話している間、この人はコーヒーを飲みながら一言も話さずに、ちゃんと聞いてくれた。まだ雰囲気は怖いけど、やっぱり、いい人なの……かな…。

話したことは、本の世界に入ってしまう自分の体質と、この世界の人ではおそらくないこととか……。とりあえず、事情…を、説明した。
………説明した、なんて、簡単に言ったけど実際はもうしどろもどろで慌てふためいて、よくわからないと言いたげな表情を何度もされたけど……!!

「名前は?」
「……はぇ?」
「…お前の名前を聞いているんだが」

はあ、と呆れ混じりのため息をつかれた。
あ、あれ、名前いっていなかったかな…!

「私、は…藤原和咲…です……。えっと、あなたは…?」
「雪咲氷雨だ」

ゆきざきさん…。と復唱したら漢字はこう、とメモを取り出して綺麗な字で書いてくれた。
氷みたいな、とか冷たい、とか思っていたら、名前まで少し寒そうなんだ、とか。名は体を表すんだなぁ、とか。メモを眺めて、私も自分の名前を漢字で書いて、雪咲さんにみせた。
綴られている文字の中に、同じ「咲」の文字があって少し親近感が湧く。

というか、そういうことを考えて気持ちを和ませないと私の精神が持たない……!!

空気はやっぱり怖いしさっきのナイフを持っていた時の表情が脳裏から離れなくて、悪い人じゃない。……とは思えてきたけど、怖いものはやっぱり怖い。

怖い怖いと考えていたら、突然雪咲さんが立ち上がり肩を揺らした。私のその行動に、だから鬱陶しいからビビるな、と私を見降ろしながら言った。ごめんなさい無理です!!

「……とりあえず、お前が帰るまで寝泊まりする場所は手配してやる」
「……え?」
「学園の詳しいことは後で説明するから、ここでじっとしていろ。下手に動いて死なれたりでもしたら、面倒だからな」
「し…!?」
「いいな、ここから絶対出るなよ」

私に言葉で釘を刺して、雪咲さんは部屋から出て行った。バタン、と扉が閉じる。
少しの間放心していたけれど、一気に体から力が抜けた。

こ、怖かった…!!とにかく、とにかく怖かった……!
いつ帰るか分からないし、そもそもこんな得体の知れない人物に、わざわざ泊まる場所を準備してくれるなんて……。やっぱり、優しい人なの…かなぁ……。
でも、あんな簡単にナイフを、人に突きつけるような人だし、……どうなんだろう…。

体を横にして、心地よいソファに倒れこむ。泣き疲れたからか、急激な眠気が襲ってきた。

……いつも、最初に会った人と……話したり、してたら…帰ってる…し。
雪咲さんと……仲良くしたら…帰れるかなぁ……。

薄れて行く意識の中で、ぼんやりと、あの冷たい表情を思い出して、うっすらと涙を目尻に浮かべて、睡魔に誘われるまま、意識を手放した。

(目が覚めたら、帰れてるのが一番、なんだけど…なぁ…)

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