最初


桜も散り始め、木々には青い緑色が見え始めた時期。時刻は、学生達にとっては放課後の時。グラウンドや体育館では新入部員が入ったばかりの体育系部が活発に活動している声が聞こえてきた。運動部の人は凄いなぁ、とぼんやりしながら窓の外を眺める。
少し離れた廊下からは、新しいクラスになじみ始め新たに出来た友人達と騒ぐ生徒の声が響き渡る。だけど、私がいる図書室の前にはその生徒達はやってこないで、声だけがやってくる。

いいなぁ、なんて少し思うけど。しかたないかなぁ……。そういえば、まだ入学してから二週間は経つのに、クラスの人と挨拶以外で話したことないかも…。

はぁ…と深いため息。自分が悪いんだから仕方ないけど、やっぱり少しはつらい。そう思うと、自己嫌悪の波がどっとやってきた。まだ二週間だというのに、これからの学校生活が不安になってきて独りでに涙があふれてくる。
何で自分こんな駄目なのかな……。

さらに深くなる自己嫌悪に、抱えていた本をぎゅっと抱きしめて、さっきより大きなため息をつく。その時、がらっと勢いよく図書室の扉が開いた。驚いて、思わず図書室のイスに足を引っかけてしまい、盛大に床に激突した。

「一年ー、片付け終わ………何してんだ?」
「せ、せん、ぱい…!す、すみません、も、もう少し、時間かかりそう…なので、」
「まだかかるならここに鍵置いとくから、本の整理終わったら閉めておけよ」
「あ、は、はい……」

扉から一番近くにあった棚に、鍵を置いて図書委員の先輩は去っていった。一人残された私は、すこし呆然としていたけど、立ち上がってスカートを払い、床に散らばった本を再び抱え直した。
小学校から学校で自分の居場所と言えば、図書室だけだった。だから、高校でも図書委員に入った。学校を選んだ理由も自分がいける範囲で、一番図書室大きいからって理由だった。

ふぅ、とため息をついて、抱えていた本に張られている、ナンバリングが書いたシールを見て、同じナンバリングの棚を捜す。

図書委員の仕事は、貸し出しの受付の他に放課後に本の整理をすること。人と話すのが苦手な私は、貸し出しの受付をしない代わりに放課後の整理の分を少し多くしてもらった。
一年生なんかの融通がきくなんて、優しいなぁ。と思っていたけど、実は毎年整理する人を決めるのにも揉めてるらしいから助かった、と先生に言われた。
最初は首をかしげたけど、いざしてみたら納得がいく。ジャンルが全く違う棚に本が沢山置いてあって、これは確かに掃除が好きでないとたまった物じゃない。

だけど、私は掃除も本も好きだし、さほど気にはしなかった。

昔から本しか読んでなくて、親には「本が友達?」と聞かれるぐらいだった。それを完全に否定できないのがつらい…。
でも、本が好き過ぎるせいなのか、なんなのかよく分からないけど、小学生の頃から変な体質になってしまった。

「………あ、」

抱えている本の棚を捜していたら、懐かしい題名がある背表紙に思わず声が出る。ほんの少し児童向けの、本だった。高校にも置いてあるのか…。
懐かしいな、と思って持っていた本を一旦床に置き、その本を手にとってぱらぱらとページをめくる。

「この辺りかなぁ。懐かしいなぁ…」

とあるページを開いて、そのページに描写してある風景を脳内に浮かべる。それは想像ではなく、実際に私が見たことのある鮮明な記憶での風景だった。

私は、何故か本の世界に入ってしまうことがある。

自分でもよく変わっていないけど、月に一回ぐらいに読んでいた本の世界に突然入ってしまうのだ。それは、その物語の中の途中だったりして、読もうとした次のページの話だったりする。
最初は夢だと思った。だって、その世界で半日から一日経てば元の世界に戻っていたし、しかも一日経ったと思ったら、実際は30分だったり一時間ぐらいしか経っていないから。
小学生の頃はリアルな夢をよく見ちゃうんだなぁ、と思っていた。だけど、一度時代物の本を読んでいたときに、その世界に入っちゃって、一度刀で少しだけ切られて…。痛いし、自分の部屋に戻ったと思ったら怪我はそのままあった。その時から、本の世界にいるのは夢じゃないと分かったけど、どうしてこんなことになったんだろう。

はあ、とため息をついて、私が一度入ったことのある本を本棚に収める。そして床に置いた本達をまた抱え、片付けを再開した。
親にだけ、このことは伝えてある。あまり疑いなく理解してくれたのは、私の親が天然だからなのかな。まあ、時々一時間か二時間ぐらい家からいなくなって、怪我してたり疲れた顔で部屋から出てくることが多々あったら…信じるものなのかな…?

そんな不思議なことが起こるのに、どうして本を読むのを止めないか。って聞かれたことがある。確かに本の世界に突然入ってしまうのは怖い。私は自他共に認める怖がりだ。もう変なこととか本当に怖い。お化けも暗いところもなんでも怖い。なのに何故止めないか……。

…………本以外で、趣味がないからです……。

遊ぶ友達もいなければ、家事以外は出来る事なんて無い。なんて駄目な人間なんだろう。

また自己嫌悪に入って、涙を浮かべながら本を棚に収めていく。色々考えながらしていたら、いつの間にか本の整理は大体終わっていた。あとは小説の棚だけかな。

学校に置いてある小説は、一度確認したけど殆ど読んだことのある物だった。知っているシリーズの続きだったり、そういうのは読んだこと無いものもあるけれど。

「……あれ?」

一つのタイトルを見つけて、足が止まる。確か、この前見たときはなかったんだけど…。誰かが、貸し出ししていたのかな。
その本を手に取り、机の上においた。整理が終わったらこれを借りて家で読もう。少しだけ裏表紙にある説明に目を通すと、何かのシリーズの一つらしい。
そのシリーズも読んだことがないし、今度調べてみようかな。本当はシリーズの初めから読むのが好きだけど、これは少し先に読んでみたい。

落ち込んでいた気分が、思わぬ出会いにだんだんと晴れていく。

貸し出しのカードに自分の名前を書いて、図書室の鍵を閉めて、私は本をスクールバックにしまい学校を後にした。



「『無題理論』……かあ…」

帰宅して、部屋の中の本棚を確かめてみたけどやっぱりない。うん、初めて読む小説だ。
とりあえず飲み物をとりにリビングに行ったら、お母さんが丁度帰ってきていた。お母さんに新しい本を借りてきた、と伝えたら「今度は何時間本の世界にいるの?」とふざけて聞かれる。それに苦笑しながら「もしかしたらずっとかも」なんて、最近お母さんとはよくしているやりとりを交わして、部屋に戻る。

机の上にお茶を置いて、座って、『無題理論』と書いた本を手に取る。

「……っ!」

まずは目次から。そう思って開いた時、体がふっと軽くなった。
これは、この感覚は、本の世界に入るいつもの前兆だけど、目次しか見てないのに……!!

くらりと目が眩んで、意識が遠のいていき、視界が真っ暗になった。




「っひゃ!?」

意識が戻った途端、ぼすんっ!と柔らかいクッションに体が投げられた感覚。こ、ここは人の部屋なの…!?どこなんだろうここ…っ!
自分の身を任せているのはソファっていうのは分かったけれど、どうも部屋は人の部屋というには豪華すぎる…かな…!?そ、そうだ!さっき意識が戻った瞬間、人影があった気がするけど…っ!!

人を捜そうと思った。その瞬間、世界が反転した。

「ぅ、え…!?」

ソファに預けるのが、背中全体に変更される。預ける、というより、寧ろ、押しつけられている。身動きが、とれなくて、それで、私の目の前には、肌色と、綺麗な水色の髪と瞳が広がっている。

人。だ、け……ど…!なに、何だろう、どうしよう、何なの、この人…!!こわい…!!

私に覆い被さっている人と交わった視線は、私の背筋を一気に凍らせた。冷たい氷のような色をした目が、じっとこっちを見てくる。

「お前、何者だ」
「ひ、ぃ……っ!」

しんとしていた空間に、冷たい声色が響き渡る。それだけでも怖いのに、ただえさえ、本の、知らない世界の人は、怖いのに。……首に、私の、首に、冷たい金属が、当たって、……これは、うごいたら、ぜ、絶対…絶対、死ぬ……!!
じわり、と視界がゆがむ。何、怖い、今まで、ここまで怖い事なんてなかった、のに。え、嘘、死ぬの、かな…!昔、刀とか、そういうのは、本の世界で、あった…けど、でも、こんな、いきなり、ど、どうしよう…!!

「学園の人間じゃねぇな。どうやって現れた?」

私に追い打ちを掛けるように、また冷たい声が投げかけられた。

私の視界は、完璧にゆがんで、目の前にいる人の顔が見えない。口を開いても、怖くて、どうしていいかわからなくて、ぱくぱくと口を開け閉めするしかなかった。


……お母さん、私、本当にもう帰れないかもしれない…。


(この時、人生で一番涙があふれ出てきた)(私の上にいる人が、それを見て驚いているのに気付くのは数日分の涙を流した後だった)

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