2-6


「つーばき!早くいこー!」
「ちょ、ま、リト達から離れたら危ないって!」
「だーいじょうぶだって〜」

ぐいぐいと腕を引っ張られて、転けないようにと前に進む。目の前にはポニーテールを揺らしながら、とってもご機嫌なせりの姿。本当に大丈夫なのかな、と後ろを確認したらリトは小走りであたし達の後ろをついていてくれてる。ヨークは「やれやれ」と言いたげな表情でため息をついていた。
それに安心して、ちらりとせりの顔を見る。やっぱり、すこぶる上機嫌。ほんの数時間前のことなんてまるで嘘のようだ。

………嘘、じゃないよね……?


ヨークが首を横に振ったその時、あたしは頭の中が真っ白になった。助からないの。小さくそう呟いた。泣き叫ぼう……そう思った次の瞬間、ヨークが何かを決心したような顔付になり……。突然、ヨークの爪がドラゴンのように鋭くなり、自分自信の腕を傷つけた。
一体何を考えているんだ、と驚いていたらリトがいきなり叫びだした。「やめろ」と、ヨークの行動を止めるように。だけど、ヨークはまた首を振る。今度はさっきのと何かが違う。ヨークの表情は何かに追い詰められているようだった。

そして、ヨークは自分の腕から流れる赤い血を……せりの口に流した。

せりの喉が、ごくんと動きヨークの血を飲み込んだ。瞬間、驚く速さで血の気が戻り呼吸は整って行く。つまり、それは、せりの命がーーー助かった……!!

体から力が抜けて、涙がぽろぽろと零れてくる。リトが止めていた事や、ヨークのあの追い詰められたような表情は気になる。けど、その時は何よりもせりの命が失われずに済んだことに涙を流した。
ただ、リトとヨークが驚き唖然としていたことにあたしは気付かず、何かが事切れたように意識を手放した……。




そして、目が覚めて現在に至る。
あたしが目覚めた時、せりは既に起き上がって歩いていた。あんな大怪我をしたのに、「もうどこも痛みはない」と、けろっとした顔で。というか、あの巨人に会う前よりも元気だ。もう元気過ぎて目も輝いている。一体彼女に何が起こったの…!?
というか、ヨークの血はどんな成分で出来ているのだろうか。あの大怪我を瞬く間に回復させるなんて……ファンタジーの世界は不思議だ…。

ちなみに、今せりが向かっているのは小さな…村、と思うもの。相変わらず会話は出来ないけど、今日はあそこの村に行く。とリト達が指差してくれたので伝わった。
それがわかった瞬間、せりはあたしの手を引っ張り、冒頭に戻るーーー。




「ベッドだ、お布団だ〜!」

せりは周りにハートを散らしながら、ぼすんっとベッドにダイブする。小さな部屋にベッドが四つ。リトとヨークもそれぞれ別のベッドに腰掛けた。
ここは宿屋……なのかな。まるでゲームでみたものをそのまま映し出したような、典型的な部屋だった。村も、なんだか初めて訪れる場所や雰囲気なはずなのにどこか見知ったような場所だった。……ゲーム画面で見知った、って事だけれど。

あたしも余ったベッドに座り込み、吸い込まれるように布団の上へ倒れこむ。ああ気持ちいい。またこのまま寝てしまいそうだ。
うと…、と瞼が落ちかけていたらリトとヨークが部屋から出ようとしているのが目に入った。慌てて起き上がり、2人について行こうとする。

けれど、「ここで休んでいて」と言うように声をかけられる。足を止めると、リトはにかっと笑いそのまま部屋をヨークと共に出て行った。

「お出かけかなぁ?」
「多分……?」

何のために出て行ったかは流石にわからないけれど、さっきの様子だと多分すぐ戻ってくるだろう。ベッドの上に荷物が幾つか置いてあるし……。
あたしは、せりが寝転んでいる横に座った。体は大丈夫?と尋ねるとぱたぱたと手を振っていつも通りの笑顔を見せた。ほっと胸を撫で下ろす。

「でーも、せりよりも椿の方があれでしょ?椿ってば無茶ばっかりするんだから。なんて言ったっけ?『せりはあたしが守る!』だっけ?」
「やめて!繰り返し言われると恥ずかしいから!!」
「恥ずかしいの?じゃあ一生ネタにしてあげる!!」
「そんないい笑顔になるな!」

けらけらっと笑うせり。冗談に聞こえるかもしれないけど、せりの場合こういうことは最低一年間は本当にネタにする。付き合いの経験上何度も、何度もそれで恥ずかしい思いをさせられたんだから分かる…!
はぁ、とため息一つ。確かにあれは無茶をしたとは思っている。今思い返すと、力もないのに何をしていたんだバカかあたしは…!!と自分に叱咤したい。

でも、正直な話問題はその後の事だ。あたしが思い詰めた表情で黙ったのを見て、笑っていたせりもすっと落ち着いた表情に変わる。

「あの巨人……椿が倒したんだよね?」
「せり、見えてたんだ……」
「うん。ぎりぎり……なんか、魔法みたいだった」

あの大剣とあの光の珠……あたしの体は、一体どうなってしまったんだろう。
体はもう熱くはない。その代わりに、何か、体の中に宿った気がする。あの大剣の重さが体の中にあるようだ。

あの時、どうしてリトはあたしにこの力を与えてくれたのかも分からない。……あの時、リトに「このままだと嫌だ」と目で訴えたのもどうしてしたのか、分からない。あのままリトに任せていたらあたしはこんな事にならなかったかもしれないのに……。

「……せりは?体、本当に大丈夫?」
「………実は、ちょおーっと何か変なんだ。こう……有紀みたいに言うと全身が疼いて仕方がねぇ…!みたいな?」
「はは…わざわざ有紀みたいに言わなくていいよ…」
「七瀬に言ったら冷たい目で見られそうだよねー」
「ね。は?って聞かれてそのままスルーされそう」

この場にいない二人の名前を上げて、反応を想像して、あたしとせりは笑い合う。有紀と七瀬を出した例え話は、まるでこの場に二人がいるようなものだ。
けれど……それは突然ぴたり、と止まり沈黙が襲った。しんっと静まった部屋の中……せりが弱々しくぽつり、とつぶやいた。

「二人は…どうしてるかなぁ……」
「…きっと、あたし達みたいに誰かに出会って、元気にしてるよ」
「うん…そうだと、いいね……。
 ……せり達、どうなるんだろう……」

うっすらと涙を浮かべながら、せりは言う。どうなるのか…この後の人生も、自分たちの体の不思議な変化も……一体、どうなってしまうんだろう。
せりの問いかけには、ただ曖昧に「分からない」としか答えようがない。それ以外で、どう答えていいか分からなかった。

あの黒い空間が見えてから、分からない事だらけだ。

どうしてあたしだけが見えていた空間がこんな世界に繋がっているんだろう。
どうして有紀にしか見えない砂時計があるんだろう。
どうしてせりだけが黒い空間に触れる事が出来るんだろう。
どうして七瀬には不思議な音が聞こえているんだろう。

どうして―――……こんなことに、なってしまったんだろう。

考えだしたら止まらない。でも、考えだしても何か解決に繋がるレベルの事じゃない。
だから、今は……。

「とにかく……生き延びるように、頑張ろう。せり…」
「……うん……そうだね…」

生きていたら、もしかしたら何か分かるかもしれない。
リト達の言葉が、いつか分かる日も来るだろう。もしかしたら、有紀と七瀬に再開できる日がくるだろう。

分からない事の一つだけどあたしは……不思議な力を、手に入れた。
それを駆使したらきっと、この状況でも生きられる気がする……。確信はないけれど、そんな自信がわいてくる。それに……不思議と、リト達とは長い付き合いになりそうな……そんな気がする。

「ね、椿……疲れたね…」
「うん……凄く、疲れた……」

まるで小さい子供の様に、同じ事を言い合う。あたしはせりの隣に横になり、すぅ…っと夢の中に溶けるように目を閉じた。

ああ、明日は、一体何が待っているんだろう……。

prev Back next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -