2-7
早朝の少し冷えた空気が、身に染みる。ぶるり、と身体を震わせる。
最近は寝てばかりいて、一日がとても短く感じる。昨日たどり着いた村にはほんの数時間しか滞在していない気がするぐらいだ。
……実際、村で目を覚ましていた時間は本当にほんの数時間だけれど。せりと一緒に寝てしまった後、目が覚めたら朝だったというのが現実。一体どれだけ疲れていたんだあたしは……。
目が覚めて、リトとヨークが持ってきてくれたパンとスープを飲み、そのまま慌ただしく出発して今に至る。二人は早く着きたい目的地でもあるのかな。
「……−−−…?」
「…−−〜…!……」
相変わらず、聞き取れない言葉。リトがあたしに向けて話し掛けてくれているのは、本当になんとなく意味が分かる。でも、リトとヨークが何を喋っているのかは全然わからない。
「早く話せるようになったらなぁ。そしたら、色々と聞くことができるのに……」
「ねー。椿しか話し相手いないなんてたまった物じゃないし〜」
「どういうことなの!」
せりはせりで相変わらずだ。もう、昨日のしおらしいのは一体どこに行ったんだ。
リトとヨークに着いていくと、なにやら不思議な建物にたどり着いた。きっと、これが神殿っていうんだろうな。と思いながらその建物を眺める。
だけど、彼らは建物の中には入ろうとしない。理由は簡単で、入ろうとしないんじゃなくて入れないんだ。あの黒い空間があるから。
建物の入り口はかろうじて残っている。けれど、全貌は見ることが出来ないぐらい黒い空間に飲み込まれていた。この世界での黒い空間といえば……直接関係はないのだろうけど、あの巨人との遭遇を思い出してしまう。
せりも同じようで、さっきまでずっとあたしに話し掛けていたのに、突然黙り込んでしまった。せりは本当に死にかけたんだし……トラウマになったといっても過言じゃないんだろうな。
リト達はまた何か調べるのかな、と思ってちらりと目配りしてみた。しかし、彼は何か懐かしそうな物を見る目でその神殿を眺めているだけだった。
そして一言二言ヨークに話し掛けると、あたしの手を引き「いこう」と言うように声を掛ける。
この数日間のいつも通り、あたしはリトに引かれて歩く。
どんどん遠ざかっていく、神殿。ちらり、と振り向いてもう一度だけその入り口だけになった姿を見る。
リトのあの表情はきっと、この神殿に何か思い出があるんだろうな……。
次に向かっているのは、少し大きな街なのだろうか。街の入り口はもう間近で、あと数百メートルもなかった。
そこに行くまでにリトの表情が段々と明るく、それでいて子供っぽくなっていき今は小走りに近かった。手を握られていたから転けそうになっているのは内緒。
リトがあまりにも嬉しそうになるから、こっちまで嬉しくなっちゃいそう。クスクス笑っていたら、せりが話し掛けてきた。
「リトなんだか嬉しそうだね〜」
「ね、さっきの神殿も懐かしそうに見てたし。もしかして生まれ育った場所なのかな?」
「もう少しで着くぜ俺の故郷!!いやぁ、街に来るの何ヶ月ぶりだったけヨーク!」
「半年ぐらいじゃない?とにかくアリアのところにいって椿とせりのこと相談しなきゃなぁ…」
その場にいる全員同時に足を止めて、え?と声を漏らした。
そして、顔を見合わせる。
あれ、えっと、あれ?今、リトとヨークが話しているの、凄く、はっきり、日本語で、聞こえたんだけど……。あれ?
混乱する頭で、ああ、やっぱり故郷だったんだぁ、とか。アリアって誰だろうなぁ、とか。二人はこんな口調だったんだぁ、とか。なんか、色々思い浮かぶけど、それよりも、あれ…!?
「なっ、なんでいきなり日本語喋ってるのリト!?」
「うぉお!?椿がいきなりリーロの言葉喋れるようになってる!?」
「へぇ〜、ここの言葉リーロって言うんだー」
「思ってたとおりこの子凄くマイペースなんだけど!!いやいや、それよりも何これどうなってんの?」
それぞれがそれぞれ騒いでいる。それもちゃんと聞き慣れた言葉で聞こえてくるからもう逆にわけがわからない。ヨークが言った通り何これ、本当どうなってるの!?
もう少しで街だというのに、その入り口の近くでわぁわぁと騒ぐ四人……いや、せりに関しては騒いでないから三人…って、だからなんでこういう時は騒がないでいられるのせり!?
いきなりの事が起きて頭がパンクしそうだ。そりゃあ早く二人の言葉が分かるようになればいいなぁ、とは思っていたけど、早すぎるよ!!突然すぎてどうしたらいいか分からないから!!
ぐるぐるっと脳内が混乱してきたら、ふっと影が掛かった。……少し、嫌な予感がする。思い出すのは、あの、先日の戦い。
咄嗟に、その影が出来ている方をばっと見上げる。あたしだけでなく、せりやリト、ヨークも同時に見上げていた。
そして、見えた姿は−−−
「ダーイナミックスペシャルフライデーエディションアターック!!」
「いだぁ!?」
ツインテールが空から飛びかかってきた!あたしの上に!!謎の言葉を発しながら!!
いきなり予想外の人物が飛びかかってきたら、そりゃああたしなんかが避けられるわけもなく、見事に激突。しかも勢い余って転倒。頭と背中を思いっきり強打した。凄く痛い!!星が一瞬見えた!!
ツインテールで、とりあえず思いついた言葉並べましたって言うのが分かる発言をして、且つあたしを狙ってくる人物。あたしはそういう人を世界で一人だけ知っている。ていうか世界で一人だけであって欲しい人物だ。こんなのが二人もいたら色々と死にそうになる!
まだちかちかする頭を抑えながら、あたしの上に馬乗りになって、それはとてもとても楽しげに歯を見せながら笑う、見慣れた制服を着たツインテールの少女の名前を叫んだ。
「有紀!!いきなり何するの!?」
「感動の再会を!俺はこの手でぶちこわす!!」
ドヤ顔で意味の分からないことを言い出した……のは、まあいつものことだけど。確かに感動も何もあったものじゃない。
いきなりすぎてリトとヨークもきょとんだよ。ヨークがどう見ても「何いってんのあの子」って不審な目で見てるし。
とにかく、上に乗られていたら身動きがとれないからどいて、と言うと口をと尖らせながら渋々降りてくれた。ああ、背中が痛いし頭はいろんな意味で痛い。どんな風に再会しても、正直泣いてしまう自信はあったけど、これだと涙も何も出ない。
痛みでなら涙は出るけど。
「わー、有紀だ。おひさ〜」
「おう久しぶりだなせりよ!そして誰だ貴様等!!」
びしぃ!!とリトとヨークを指差す有紀。
ああ、有紀が来ただけでなんでこんなに騒がしさが増すのか……!!
「俺?俺は……」
「リトとヨーク、でしょ」
また聞き慣れた、落ち着いている声。でも二人には聞きなれない声らしく、驚いた表情を隠せない。有紀を除いた、その場にいる人物達が声のした方……街の入口の方へと視線を向ける。
腕を組みながら、綺麗な茶色の髪を靡かせながら歩いてくる少女。七瀬だ。
彼女は相変わらず表情は無表情……かと、思ったら、あたしとせりを見た時どこかほっとしたような表情を見せた。
こっちも、二人とも無事なことがわかって頬が緩む。ああ、よかった……。って、いやいや嬉しいことには変わりないけど、それよりも!
「…なんでオレ達の名前知ってるの?」
ヨークが低いトーンで、七瀬に話しかける。警戒しているのか空気が、怖い。しかし七瀬は、そんな空気は気にせずくるりと踵を返して街に向かった。
「立ち話もなんだし、詳しい話は貴方の仲間に聞いた方が早いわ」
「そうそう!ぶっちゃけ俺達もソウマとアロウに連れられて、昨日の夜アリアのとこ来たばっかだしな!!」
有紀の口から次々と聞きなれない名前が飛び出してくる。逆に、ヨークからしたら聞き慣れている名前なのか、有紀が名前を出した瞬間警戒していた空気はなくなった。
あたし達は、七瀬を先頭に街に向かう。
どうして当然話せるようになってのかとか。
有紀と七瀬を助けた人達はどんな人なのかとか。
話せるようになったなら、リトに色々聞きたいなとか。
疑問は、山積み。