おめざめの現在(前)
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。というはずもなく、むしろ執着の強いナルシストを認めると自宅であった。まさにこれ。全然語呂悪い。
諦めて安室さんの手をとりあえずとろうと思ったとたん、私は自宅に帰っていた。それも、もう帰ることはないかもしれないと思っていた、『名探偵コナン』という漫画がある世界の方の自宅に。なぜ今のタイミング。よくわかんないし、とりあえず誰かに会いに行こう。
「あ、名前!昨日貸したCD、ちゃんと来週に返してね!前回のように延滞はさせぬ」
「え、あ…ああ、うん、そうだね、ちゃんと返す」
「来月に、って言ってた小旅行さ、旅館の予約とれたんだ、いっやー大変だったよ!」
「お、おう…ありがと、うん」
「ん?どうした?名前が先週言い出した時、すごく楽しみにしてたのに」
「あー…今日…疲れてて」
「苗字さん、今日の新聞に貴女のところが載ってたじゃない!受賞だなんてすごいわねー」
「受付のおばさん、こんにちは」
「地方紙だけど、専ら話題は苗字さんの話題よ」
「あはは…ただのボランティアをしただけですよ…表彰なんて大袈裟なだけ…おばさんも相変わらずですね」
「次の休みにさ、映画見に行かない?」
「名前はアニメみないからアウト!」
「あ、うん、アニメは見ないからパスで」
「苗字ちゃん誘うなら洋画ホラーにしなきゃ」
「私、どんなイメージ付けなの」
「「スプラッタ系女子」」
びっくりする。私は何も変わらず、普通にここに「いる」。工藤くん達と過ごした時間はなんでもないただの夢で、神隠しでも行方不明になっていたわけでもなく、私は「昨日」を終えた「今日」という日常の中にいた。彼らとの生活は一夜の夢の話だったのだ。
夢の中にしてはあまりにも「知らない物語」を知っているなとも思ったけど、まあ夢の中の話だ、何でも起こりうるだろう。気にしないに越したことはない。
「でもやっぱ気になるよねー」
「まさか苗字ちゃんがうちらの趣味に付き合うなんて」
「興味持ち始めた?」
「まあ…ね」
「今からグッズのショップ行くけど大丈夫?」
「うん行く。あ、ねえねえ、近くに漫画の図書館とかないよね」
「…まじで急にどうしたの?」
「えっ、特に何もないよ」
「じゃあ今日漫画喫茶行ってみる?」
「お目当ての漫画あるってことでしょ」
「まあ…ちょっと気になる漫画があってさ」
「いよいよ名前もこっち側の人間になるのか」
「詳しい事情は着いてから聞こう」
「ははは…」
もちろんお目当ては『名探偵コナン』である。ただの夢であるにしろ、せっかく関わりを持ったのだ。妙な愛着が湧いたというか、まあつまり少なからずとも興味を持った。一時だけでも紙の中の登場人物になったので、漫画に興味を持つのは必然になる…と思う。
幸いコナンくんは超有名な作品であるから、急に興味を持ってもミステリーが好きだからとかそんな理由が使えるし。友人にはいくらでも語ってやろう。私、工藤くん基コナンくんに会ったことあるなんて、そんな夢物語を話すんだ。