隣に安室さん(後)
「ここ一週間…なぜ、そんなに僕を避けるんですか?」「…え?」
「最近は目線すら合わせてくれないじゃないですか。照れるにも程があります。僕が寂しいです」
「(は…?)」
「昨日、大阪の来客の男性と二人でポアロにいたそうですね」
「え…なぜそれをご存知で?」
「榎本さんに聞いたんですよ」
うわ…梓さん…!なぜ言ったし!探偵事務所に入ったら、どうも様子がおかしい安室さん迫られてるなう。この場には蘭と工藤くんもいるため、このやりとりを聞かれている。蘭はニコニコ…いやわくわくしながら私を見ている。工藤くんは本を読んでいるようだけど、チラッチラッこっちを窺ってるのが丸わかり。
「僕という存在がありながら…浮気ですか!」
「…は!?え…ちょっと待ってください!え、何で浮気?そもそも私達付き合ってないですよね?」
「キスまでしたのに他人面なんですか?貴女は恋人でない人と口付けができると?」
「うあああああ!オイ!!なんで今その話題!!」
「ええええ!?名前お姉さん!!ちょっとどういうこと!?」
「あら!安室さん、とうとう名前とくっついたんですか?」
座っていたはずの工藤くんは立ち上がり、蘭は噛みついてきた。工藤くんにも詳しいこといわなかったのに!こんな話、聞かれてるなんて恥ずかしいんですけど!いや、安室さんと二人きりならもっと嫌だから我慢…というか安室さんが私に迫ってきて、成り行きで…その、き、キスしてしまったんでしょうが!なんでそれを恋人だと言われなきゃならないの…これ以上広めるのなら、訴えてやる所存!
「先週、先生と蘭さんがCM撮影で出ているときに無事にくっついた筈なんですが…心も、唇も…」
「上手いこといってるつもりでしょうが、勝手に妄想して捏造された事を言いふらさないでください」
「僕はこんなにも貴女が好きなのに!」
「貴方と私の気持ちは違うんですから関係ないでしょう!!」
「そんな…!」
「ね、ねえ、名前お姉さんは安室さんのこと、どう思ってるの?」
欠かさず聞いてきた工藤くん基コナンくん。パッと見小学生がお姉さん達の恋愛沙汰に首を突っ込むとかおかしい。でもそんな事にツッコミを入れる気力すらもうない。恥ずかしさがオーバーヒートしてもう諦め呆れの域である。
「正直、苦手…」
「あああ膝から崩れ落ちちゃって…!安室さん大丈夫ですか?」
「蘭さん…僕は……コナンくん、なぜそんなにすかっとした顔を?」
「えっ、えー?」
「名前…貴女、安室さんのこと好きじゃなかった?」
「蘭と安室さんの脳内だけだよそれ」
「でも…」
蘭は言い澱んでいるけど、私のせいにしないでほしい。あるのは私と安室さんがキスした事実だけど、安室さんが私のことをどう思っているのか、私は知らないのだ。告白されていないのに話を進められても。
「この際はっきりさせましょう。僕のどこがいけないんでしょうか?改善しますから」
「(そういう自信たっぷりなところだよ…)あー…そもそも名前を呼ばないじゃないですか。人を二人称で呼ぶし、私をどう思ってるのか正直謎なところ、高慢で高圧的な話し方、押し付けがましいところエトセトラ。年上は範囲外っていうか、私、心に決めた人がいるので論外です」
「ら、蘭姉ちゃん顔引きつってるよ」
「…キスした時に、一度だけ名を紡ぎました。遠慮していたつもりでしたが、ご要望にお応えします。願ったり叶ったりですから」
「コナンくん、私達はお邪魔みたいだから」
「えっ…うわ、蘭姉ちゃん離して!ボクまだここに!!」
「じゃあ後はごゆっくり〜!」
蘭と工藤くんはログアウトしました。残ったのはいつぞやのごとく、私と安室さんの二人きり。
「何度だって言いますよ。僕は苗字名前さん、貴女が好きです。愛しています。僕と結婚してください。結婚は法律上では可能ですから」
「話がいきなり飛躍しましたね」
「どうか…どうか、僕のこの手をとってください。僕は本気なんです」
「私、好きな人が別にいますから」
「それでも構いません。僕だけしか見れなくなるように、振り向かせるだけです。それまで、僕は何度でも貴女にプロポーズしますよ」
「…はあ……」
断ったらもっと嫌がらせされるんだろうなと思い、この場はうなずくことにした。でも私が本堂くん一筋なのは変わらないし、変えるつもりなんて毛頭ない。渋々安室さんの手に自分の手を重ねようとした瞬間、私は暗闇に包まれた。…え?
「――名前…?」
この場に居るのはただ一人。呼び掛けた声に答える声はない。目の前にいた人物が蜃気楼の如く消失したのに気付き、目を見開いて名を呼んだ男が一人、残っていた。