【 7 】

いよいよ修行に出る前の最後の日になった。
本当は朝から晩まで一日中ナマエと一緒に過ごしたかったけど、生憎ナマエは甘栗甘での仕事があるらしく、俺はせっせと修行に行くための準備をしていた。

それとナマエには内緒だけど、今の家を引き払う準備を。以前一緒に暮らしたいと言った俺の言葉をナマエが覚えている保証はないけれど、帰ってきたら無理矢理にでもナマエと住もうと思う。実際帰る家がないと知ればナマエも無理には断らないだろうし、多少強引なやり方ではあるが…こうでもしないとナマエは折れてくれないかな、とそこまで考えた所で頑固な彼女を思って苦笑いがこぼれた。

それから俺は各方面に挨拶に向かった。明日から自来也先生との修行に出ること、恐らく数年は里に戻らないことを伝えた。

そして、ナマエのこと。特に同期のみんなには念を押してナマエのことを頼んだ。俺が居ない間、たまに声をかけてあげてくれないか。そして様子をみてくれないかと。ナマエは普段強がっているが本当は大の寂しがりやなんだ。その心のスキをついて良からぬことを考えそうな奴がいたらこらしめておいてくれ、とシカクにお願いしたのは内緒にしておいて欲しい。

そしてナマエの仕事が終わるころに迎えにいって、一緒に買い物に行って帰ってきた。

「待っててね。今オムライス作るから」
「ん!楽しみだ!」
「やっと元気になったね」
「俺も男だし覚悟を決めなきゃと思ってね!」
「ミナトらしくて私はそっちの方が好きだよ」
「え?」

きっとナマエの言う『好き』には俺のような恋愛感情は含まれていないのだろう。だけどドキッとしてしまったものは仕方ない。

台所に立っているナマエの後ろにまわってギュッと抱きしめた。一瞬ナマエの体が強張ったが、お構いなしに力を込める。

「ナマエ」
「なに?」
「好きだよ」
「……うん」
「俺、今より強くなって帰ってくる。だから、その時、」
「ミナト」
「ん、なに」
「修行、がんばって」
「……うん。頑張るよ。」

ナマエは結局最後まで言わせてくれなかった。

最後の晩。俺はナマエの許しを得て、ナマエと一緒にベッドに横になっていた。最後だ、最後だから…聞きたいことがたくさんある。

「ねえ、ナマエ」
「ん?」
「前にさ、ナマエが夢を見て泣いてたことがあったでしょ?俺が死んじゃった時の夢を見たって」
「……うん」
「教えてほしいんだ。君は何を知ってるの?何に遠慮しているんだい?このままじゃ気になって修行に集中出来そうにないよ」

……なーんて、ずるい言い方だったかな。そう言って笑うと、ナマエは困ったような顔をした。きっと迷っているんだろう。だけど、俺は知りたい。例えどんな答えが返ってこようとも。

「それは言えない」
「俺はナマエが好きだ。だから知りたいし共有したい。ナマエが悩んでるなら一緒に悩んで解決したい。だから…少しでいい。俺を頼ってくれないかい?」
「……ミナト」
「お願いだ、教えてくれない?」

俺がそう言うと、彼女は驚愕の発言をする。

「信じてもらえないかもしれないけど私はね、……私の生まれ変わりなの」
「え?」
「この世に未練があって、生まれ変わっちゃったみたいなの。だからこの里の未来を知ってる」

そして彼女が語るのは悲しい昔話。

「ミナトには心に決めたたった一人の女性がいたの。私とも友達でね、とっても素敵な、とってもいい子。私ね、前の世界でも小さいころからあなたのことが好きだった。でもミナトの隣にはあの子がいて、悔しくて悔しくてたまらなかった。でも二人がお似合い過ぎて、いつしか二人の幸せを願えるようになってた。

私、色々あって死んだ筈なのに目が覚めたらこの世界にいて、私がミナトに未練があったせいなのか今のこの世界にその子の存在はなくて、ミナトは私を好きだと言ってくれる。本当は嬉しい。だけどこの先私がミナトと結ばれることが正しい未来なのかわからない。さっき…ミナトが言いたかったこと、遮っちゃってごめん。」

前世、と言っていいのかわからないけど、ナマエが俺を愛してくれていたことはわかった。しかし想像していたよりもずっとずっと重たい話だった。

この子はたった一人でそんなことを悩みながら十何年この世界を生きていたのか。少女が背負うには、あまりにも大きな悩みだ。俺が死んでしまった話は今は聞けない、かな

「動揺させてしまってごめんね。これ以上詳しくは話せないけど…あなたはちゃんと修行を終えて帰ってくる筈だから、私はそれをここで待つね」
「ナマエが悩んでることに気づいてあげられなくてごめんね」
「得体の知れない話でしょ?わからなくて当然だよ。私だって前の記憶が夢か現実かわからないんだもん。今は夢だったらいいのになって思ってる」
「そうだね」
「本当は、またミナトに会えて嬉しいのに…私が隣にいることが正しいのかわからない、それに…あの子に何だか申し訳なくて」
「正しいとか正しくないとかじゃなくて…俺は君に隣に居て欲しいんだ。そんな単純な答えじゃダメ?」

ナマエが涙をすすっているのがわかる。泣かせたいわけじゃないんだ。俺は…ただ君のそばに居たいだけなんだ。

「さっき言いそびれたけど俺は、ナマエに、そばに居て欲しいんだ」
「うん」
「修行から帰ってきたら答えを聞かせて欲しい。俺は君を愛しているよ」
「ミナト…」

涙をボロボロとこぼしたナマエが俺を見つめている。俺は愛しいナマエを抱きしめた。

「ちゃんと、帰ってくるから」

俺はナマエの額にキスをして目を閉じた。

ーーーーーーそして翌朝。

「いってくるよ」

俺は未だ眠るナマエに誓いの言葉を立て家を出た。強くなるよ、君のために。