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十一月七日のこと

大学を卒業後夢を持って警察学校へと入学し、覚悟を持って卒業をした。しかし憧れだった世界は決して煌びやかなものではなく、人の死というものを身近に感じる苦しい世界であった。

仲が良かった同期の萩原くんが死んだのは、警察官になってからそんなに時間が経たない内であった。とても悲しくつらい事件だった。私は萩原くんの死をきっかけにあっさりと憧れを捨て、身の安全を優先した。共に夢を持って立派な警察官になると誓い合った同期には合わせる顔がなかったが、それでも私は身を案じてくれる家族のため、自分のためにただのOLとして生きることを決めた。

そんな私のもとにまたしても同期の死という情報が入ったのは萩原くんの死から数年後のことだった。彼の親友の松田くんも、彼と同じように爆弾処理の最中に命を落としたらしい。それから数年、今度は伊達くんも事故により命を落としたと聞いた。三人と同じく伊達班だった諸伏くんと降谷くんも音信不通であると風の噂で聞いた。もしかしたら彼らもすでにどこかで命を落としているのかもしれない。

彼ら五人は、学内ではとても目立つ存在だった。
決して素行が良いタイプではなかったが、成績は良く本気で警察官を目指して厳しい授業に取り組んでいたことを知っている。

今日はどうして彼らのことを思い出すのだろうか。そう思いカレンダーを見ると、萩原くんと松田くんの命日であることに気づく。彼らを偲ぶには最適な日なのかもしれない。そう思った私はなぜか訪れたことのない町の小さなバーに誘われるように足を踏み入れた。

初めての場所に緊張しつつカウンターでメニューを選ぼうとしていると、同じカウンターの端に見慣れた顔がひとつ。私の視線に気づいた彼はまるで亡霊でも見るかのように目を見開き驚いている様子だった。

「うそ…降谷くん…?」
「名前?うそだろ…」

ああ、良かった。彼は生きていた。

「隣…良いですか?」
「もちろん。俺の隣で良ければ」
「恐れ多いけど失礼します」

失礼しますとは言ったものの、実際に隣に腰を下ろすと肩が触れるほど距離が近く緊張で少しだけ手が震えた。

「いつもここにくるの?」
「そんなに多くはないよ。今日はたまたま……少し思い出に浸ってみたくなったから」

彼のいう思い出とは、伊達班のみんなとの思い出だろう。私なんかよりもよっぽど密に時間を共にしたはずだから、今日の日付に思うところがあるのだろうなと勝手に推察する。

「名前は?常連?」
「ううん。初めて来たの。今日はなぜか…みんなのことをよく思い出すから、献杯でもしようかと」
「そっか。俺と同じだな」
「献杯する?」
「そうだな。あいつらに」

運ばれてきた甘い甘いカクテルは思いの外アルコール度数が高かったようだ。

「名前は……辞めたんだったよな」
「うん。自分でも驚くほど意気地なしだったみたい」
「そんなことないよ。親御さんも安心してると思う」
「降谷くんも、いなくなったのかと思ってた」
「も、ってことは他のみんなのことは知ってるんだな」
「うん。寂しくない?」
「寂しいよ。とっても。でもあいつらの分まで俺が頑張らないとな、とも思ってる」
「無理はしないで。せっかくこうしてまた会えたのに、会えなくなるのは悲しいよ」

ふわりふわりとぼやけた頭で必死に言葉を紡ぐ。
降谷くんの瞳を見つめると、彼がなぜか泣き出しそうな顔をしているように見えて、私は思わず彼の頬に手を添えた。

「あったかいね。ちゃんと生きてるね」
「名前の手は少し冷たいよ」

そう言われて手を離そうとしたが、彼が私の手に自分の手を重ねたためそれは叶わない。

「降谷くん、生きてね。これからも」
「そうだな」
「またこうして、たまにでいいから会いたいよ」
「きっと会える。そうだな、例えば有名な探偵事務所の下の小さな喫茶店とかでなら」
「降谷くん喫茶店に通ってるの?」
「まあ、そんな感じかな。でもそこで見かけても俺の名前を呼んじゃだめだよ」
「どうして?」
「君が会いにきてくれたら教えてあげる」

降谷くんはそう言うと重ねていた手を離し、私の手の甲にそっと口付けを落とした。

「酔ってる?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかも」
「私は多分酔ってる。だから隠さずに言うんだけど…とっても嬉しい」
「君は多分酔ってるよ。だからこれから俺がすることを忘れて欲しい」

その瞬間グッと腰を引き寄せられ、軽く唇が重なった。驚きはしたが全く嫌な気はしなかった。

「ごめん」
「謝らないでよ」
「どうかしてるな、俺は」
「そんなこと言わないで。嫌じゃないから」
「名前……?」

私の嫌じゃないという発言に目を白黒させる降谷くんの手をカウンターの下でこっそり握る。

「献杯しにきたのに、こんなことしてたら怒られちゃうかな」
「冷やかされるの間違いだな」
「そっか」
「でもまあ、喜んでるかも」
「どうして?」
「俺に心の拠り所ができたことに」
「そう思ってくれるの?」
「ああ。今日君に会えたのは俺にとってすごく嬉しいことだった」
「それは良かった」
「生きるよ。俺は。」
「うん」
「生きていればなんでもできるもんな」
「そうだよ。生きなきゃ」
「次はもっと、大人の付き合いがしたい」
「それはお誘い?」
「まあそうかな」
「次じゃなくても…今夜でもいいんだけれど」
「さては相当酔ってるな?」
「酔っ払いの相手は嫌?」
「そうじゃないけど。どうせなら素面のときにちゃんとしたいなと思ったんだ」
「ふふ、真面目ね」
「そういう君は見た目と違って案外不良か?」
「どうでしょう。試してみる?」
「次の楽しみにとっておくよ」

見つめあった私たちは先ほどのように軽いキスを交わし、新たに運ばれてきたグラスをカチンと合わせ、同時に献杯と呟いた。


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