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終始ある君の余韻に頭を抱えた

あれからまた更に一週間。銀時様は本当に来てくれるのだろうかと柄にも無くそわそわしていた。たった一人のお客様を待ちわびるなんて今までなかったことなのに。

煙管を咥え、二階の窓から顔を出し当てもなく彼の姿をさがしていると、遠くの方から銀時様が歩いてくるのが見えた。彼の姿を目にした途端急に心臓がドキドキしだした。どうしたというの、私は何を期待しているの。きっとまた晩酌をするだけよ。吉原を救った功績を逆手にタダ酒を飲みに来ているだけ。

…そう、それだけ。

そう考えれば先程までドキドキと煩かった心臓の音は鳴りを潜めた。期待するだけ無駄じゃない。私は遊女で、いつも知らない男と寝ていて、ひどく汚れている。

「姉様、坂田様です」
「通しておくれやす」

禿に言われ我に返った私は、銀時様を迎えるためにこうべを垂れた。

「よォ、名前」
「銀時様、ようこそおいでくださいました」
「約束のもん、持って来たぜ」
「約束の…?」

銀時様は紙の箱を掲げ、ニッコリと笑った。開けてみ、と言われ箱を受け取ると甘い香り。

「わぁ…なんて可愛らしい」

箱の中には動物の顔をかたどったドーナツが入っていた。なんでもこれが地上で流行っている人気のドーナツらしい。

「お代、お支払いします」
「いいよそれくらい」
「でも…」
「いいから食べてみ」

銀時様は俺もひとつ食うけど残りはあんたにやるよ、と言ってくまの顔のドーナツをかじった。私の手にはうさぎの顔のドーナツ。

「ん…お、美味しい!」
「中々の甘さだな」
「美味しいですね、銀時様!」
「そうだな」

こんなに美味しいものが地上にはあるのか…。でもこれはきっと私が知らない世界の一部分でしかなくて、地上にはもっともっと色々な美味しいもので溢れているんだろう。

「次はどんな美味しいものに出会えるんでしょうか」
「そうだな、上には色々あっから」

うさぎのドーナツを食べ終え、次にどれをいただこうかと吟味していると、同じくくまのドーナツを食べ終えた銀時様が少しばかり難しい顔をしていた。

「どうかなさいました?」
「いや、仏の顔も三度までっていうだろ?」
「ええ」
「日輪から、名前のとこで酒飲むのは今日で最後だと言われてなァ」
「え…そう、なんですね」
「いくら吉原の救世主といえど、太夫の部屋で何度も酒飲むなんざ、他に言い訳できないっつってね」
「そうですよね…」

楽しい時間には限りがあるのが世の常だ。
そうか、もう会えないのか…

「そこでだ」
「なんでしょうか」
「ドーナツ代の代わりに、上で俺とデートしてくれねェか」
「また…銀時様とお会いできるのですか」
「あんたが上に出る覚悟があるなら、だけどな」

正直、彼がここで酒を飲むことがなくなればもう会えないのだろうと思った。救世主様を吉原で見かけることはあっても、こうやって私の部屋で面と向かって話をする機会などもう訪れないのだろうと。そう思うと少しだけ寂しくて、

「…いつ、」
「え?」
「次、いつお会いできますか?」
「名前が上に来てくれるならいつでも」
「明日でも明後日でも良いんですか?」
「あァ、いいよ」
「本当に?」
「本当に」

自分でも自然と顔が綻んでいるのがわかった。私はいつの間にか、この人に会えることを楽しみにしていたのだろう。もう十年以上吉原から出ていなかったというのに、この人との約束の為に外に出ようとしているのだから。

「じゃあ、明日の昼」
「はい」
「エレベーターの外で待ってる」
「はい」

明日の昼…。昼間人に会うことなど殆どない為に、どんな格好をすれば良いのかもわからない。明日出かける前に誰かに相談してみようと心に決め、行灯の火を消した。

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