目が離せない

あれから一週間、私はいつも通り客を取ったり取らなかったりしながら過ごしていた。客を取った日は当たり前のように体を許した。これが仕事なのだから別におかしなことではない。吉原が鳳仙から解放されたとはいえ、私のようにここでしか生きられない遊女などごまんといる。

外の世界が気にならないかといえば嘘になる。しかし、私には体を売ること以外にできる仕事はないし、私が面倒を見なければ生きていけない禿たちを見捨てて外に出ることなんてもってのほかだ。

「姉様、あのお客様です」
「あの、とは?」
「吉原の救世主様でございます」
「通しておくれやす」

銀時様は約束通りまたここを訪れた。

「本当にいらしたのですね」
「タダ酒飲ませてくれるんでね」
「私、これでも結構高いんですよ」
「知ってる」
「…でも、救世主様ですもんね」
「お前さんはそうは思ってないって顔してるぜ」

ほぉ、この人は私の表情だけでそんなところまでわかるのか。存外敏いお人のようだ。

「鳳仙が死んだら、みんな自由になるもんかと思ってた」
「ええ」
「でも違ったんだな」
「ここには、ここでの生き方しか知らぬ者が大勢いますから」
「お前も?」
「ええ。銀時様はどうして鳳仙を倒したのですか?」
「別にあのオッサンを倒す為にわざわざここに来たわけじゃねェよ。色んな事情が重なって、結果そうなっただけさ」
「そうですか」
「外に出たくねェの?」
「もう長いことここで暮らしているので外での生き方はとうに忘れてしまいました」
「勿体ねェな」
「勿体ない?」
「世界が広がればその分嫌なこともあるが、それだけじゃねェんじゃないかと思ってよ」
「……」
「俺ァ、万事屋ってのをやってんだ。なんかあったらいつでも頼りな」

万事屋 坂田銀時

渡された名刺にはそう書かれていた。
所謂便利屋ということなのだろう。

「なんでもするんですか?」
「基本的にはな」
「お金さえ払えば、私を抱いて下さるの?」
「本来金貰って抱かれるんだろ。金払って抱かれるたァ本末転倒じゃねェか」
「こんなところに来ているのに抱こうとして下さらないから、情事には興味がないのかと思って」
「情事に対する興味なんて中二の頃から衰えてねェよ男ナメんな」
「ふふ、」

急にムキになった銀時様は、子供っぽくて少しだけ可愛らしく見えた。先週見た哀愁漂う後ろ姿とはかけ離れた幼子のような表情に、母性本能がくすぐられるようだった。

「ねェ、万事屋さん」
「なんだ」
「今度、地上で何が流行ってるか教えてくださいな」
「どんなものがいいんだ」
「私、甘い物に目がないんです」
「お、そうなの?気が合いそうだ」

銀時様は酒が好きで、甘い物にも目がなくて、かぶき町で万事屋をやっている。私が彼に対して知っていることはこのくらい。それでも共に酒を酌み交わすこの時間が少しだけ、楽しかった。

「じゃ、そろそろ帰る」
「また…来てくださいます?」
「なんだ、ありがたいこと言ってくれるじゃないの。まァ…リップサービスか」

口をついて出た本心のつもりだった。でもここはあくまで遊郭で、私は太夫で、私がいるのは“二階”の部屋だ。そう取られても仕方のないことなのに、胸にポッカリと穴が空いたような虚しさだけが満ちていた。

「おい、あんた…」
「名前、」
「え?」
「名前です。名前と呼んでくださいませ」
「名前、」
「…はい」
「また来るよ。だからそんな顔するな」

そんな顔とはどんな顔なのだろう。
不思議に思って銀時様の顔を見上げると、彼は眉を下げて困ったように笑いながら、いつの間にか流れていた私の涙を優しく拭った。

←前項次項→