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君が生まれた日



ことの発端は土方が「そういやお前明日誕生日じゃなかったっけ」と発したことだった。食堂に居合わせた隊士たちが聞き耳を立てていることになど気付かないまま、土方と給仕を務めるなまえは会話を続けている。あれ、私副長に言いましたっけ。誕生日くらい履歴書に書いてあるだろう。うわ出た、個人情報保護法違反…。などなど。

鬼の副長土方の交際相手であるなまえは、料理の腕はもちろんのこと、その面倒見の良さから沖田からは姐さんと慕われ、そのほかの隊士たちからも随分と懐かれている。そんななまえの誕生日がなんと明日に迫っているというのだ。こんなにも大切な情報をなぜもっと前もって教えてくれなかったのだと、隊士たちはこっそり土方を恨んだ。

「明日仕事終わってからどっか行くか」
「いいですよ別に、祝われて嬉しい年齢なんてとっくに過ぎてますから」
「いくつになるんだ」
「お得意の履歴書の盗み見でもしてくださいな」
「拗ねんなって、なんか欲しいもんあるか」
「ないですよ。いつも通りここでみなさんの顔が見られればそれでいいですから」

なまえのこの台詞に涙ぐむ隊士がちらほら。彼らは目配せをして、彼女の誕生日を盛大に祝おうと誓った。

なまえの誕生日をどう盛り上げるのかという会議は、彼女が一日の仕事を終え屯所を出てから始まった。

「なんで俺の部屋なんだよ」
「副長の協力がないと盛り上がりませんから」
「お前ら随分熱心じゃねェか。普段の仕事もそれくらい張り切ってやりやがれ、アホども」

土方に与えられた第一の役目は、なまえの出勤を可能な限り遅らせること。

「まァ…あいつには世話になってるしな。たまにゃお前らの提案に乗ってやるよ」と仕方なさげにいう土方の顔はどことなく綻んでいる。

なまえの誕生日を祝うための会議が終わったのはとうに日付が変わったあとだ。そんな時間にも関わらず、早朝市中見回りに出る隊士をのぞいた大半が食堂に集っていた。彼らの眼前にはうず高く積まれた料理本がある。

「姐さんの誕生日を祝うってのには賛成だが、この計画はちと無謀じゃねェのかィ」
「そんなこと言わないでしっかり手伝ってくださいよ。沖田隊長は特になまえさんに世話になってるんですから。あといつもの変な調味料は禁止です」
「へーへー。それならあのマヨラーは絶対厨房に入れんじゃねェぞ」

彼らの企みは、なまえのために自分たちが料理をしてもてなそうというものだった。彼女が自分たちの計画に気付かぬよう、通常であれば朝食の用意からするはずのなまえのシフトを土方に変更してもらい、不審がられないギリギリのところまで自宅で引き止めてもらうことになった。そのため土方は計画が決まってからすぐになまえの自宅に泊まりに行っている。誕生日にかこつけてきっと色々といかがわしいことをするのだろうと皆が思ったが、虚しくなるだけなので口にする者はいなかった。

隊士の中でも比較的器用な山崎を中心とした数名のグループがケーキ作りを担当し、沖田を中心とした残りの隊士がパーティメニューを担当することになった。

そして迎えたなまえの出勤時間。直前に土方から沖田へと連絡があったので、全員でクラッカーを持ってスタンバイをしている。慣れない作業を徹夜でこなしており、目の下には黒ずんだくまが浮き出ている者もいるが、彼らはなまえを祝いたいという気持ちだけで必死に笑顔を作っている。

「副長本当に良かったんですかね、こんな時間に出勤なんて。パートさん達にもお礼言わなきゃ」
「いいんだよ。誕生日なんだからわがまま言ってろ」

二人の会話が聞こえ、徐々に食堂に近づいてくる足音。その瞬間まで残り数秒ーーーー

「せーの……」
「「なまえさん誕生日おめでとう!!」」
「ヒャッ!!な、なにごと!?」

鳴り響いたクラッカーの音に驚き、思わず隣にいた土方にしがみついたなまえだが、テーブルの上にこれでもかと載せられた豪勢な料理の数々に唖然としたあと満面の笑みを浮かべた。

「え!?なにこれ!!」
「姐さんの誕生日だと聞いて、みんなであんたを祝うために作ったんでさァ。土方さんは足止め役だったんだが…随分良い思いしたんでしょうねィ」
「まーな」
「ちっ」
「ケーキもある…これも?」
「こっちは俺たちで作りました!」
「山崎さんたちが!?す、すごい……!」
「へへ、なまえさんのためならと腕をふるいました」
「沖田くんも料理したの?」
「まァ、俺くらいのハイスペック人間にできないことなんてないでさァ」
「ありがとう…!」

普段から弟のように可愛がる沖田のはにかんだ表情がたまらず、美しい亜麻色の髪をグシャグシャと撫で回したあと抱きしめたなまえ。やめろと言いつつ嬉しそうな沖田に周りはやれやれと息を吐いた。

「こんなに嬉しい誕生日は初めてです!」
「いつも世話になってるお礼です!」
「副長、お酒飲んでいいですか」
「……今日だけだぞ」

なまえを中心にわいわいと賑やかな様子を、土方はひとり遠巻きに眺めていた。惚れた女が命より大切な真選組の同胞たちに何のためらいもなく慕われているというのはなんとも気持ちがいいものだな、と。

「副長もこっちにきて食べましょうよ!」
「あァ、そうだな」
「今日はマヨネーズ禁止ですぜィ」
「なんでだよ」
「そうですよ、みんながせっかく作ってくれたんだからそのままの味を楽しまないと」
「わかったよ、ったく…」
「うーん、美味しい!最高!」
「姐さん、あーーーーん」
「あーーーーん」
「どうですかィ」
「もうね、さいっこう」

なまえと沖田の距離の近さに少しだけムッとしながらも、こいつらのこれは姉弟のそれだと諦める土方。しかしながらそのあと沖田の発言には流石に青筋を浮かべずにはいられない。お礼はキスでいいですぜィと言い、自分の頬をトントンと指で指した沖田に、なまえはふにゃりと笑って唇を寄せた。まさか本当にされると思っていなかった沖田は少しばかり顔を赤くしてたじろぐ。そんな様子を見ていた他の隊士が俺も俺もとなまえに詰め寄る。酒で気分が高揚しているらしいなまえはいいですよおと間延びした声でそれに応えようとする。と、そんなところで隣にいた鬼の堪忍袋の緒は切れてしまったようだ。

「いいわけあるか馬鹿ども…!」
「副長?え、ちょっと、んっ…!」
「……っ……そんなにキスして欲しけりゃ俺が間接キスでもなんでもしてやんよ。ただし間接であろうとなまえの唇に触れた野郎は切腹だゴルァ!!」
「ちょ、ずるいっすよ副長!」
「ずるいわけあるか!こいつは俺の女だ!」

逃げる隊士を追い回す鬼の副長。普段ストッパー役である副長がこうなってしまえば事態を収拾する者はおらず、食堂内はてんやわんやの大騒ぎとなった。

「あはは、楽しい!」
「あの人ばっかりいい思いしてんだからそれくらい許せっての。なァ、姐さん」
「なに?またキスしてあげようか」
「……やめろっての」
「ふふ、案外初心なのね」
「そんなんじゃねェやィ」
「副長〜、料理なくなっちゃいますよ〜」

ギャンギャンと吠える土方を眺めながら、やれやれとため息を吐く山崎にケーキを取り分けてもらい口に運ぶなまえ。クリームたっぷりの甘いケーキを口いっぱいに頬張る彼女は、周りを幸せにするほどのとりびきりの笑顔を浮かべていた。

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