小さくなった副長



「なまえさん大変です!副長が…!」と真っ青な顔で食堂に飛び込んできた山崎さん。副長の身に何か大変なことが起こったに違いないと、昼食の支度をしていた私は慌てて手を止め彼の後を追った。

「大変なこと…?」
「んだよ、みるな」
「ぷっ、ははははは!何これ!」
「みるなっつってんだろ!きるぞ!」
「刀なんて持てないでしょう、その体じゃ」
「おまえなァ…もどったらかくごしとけよクソ」

攘夷浪士に斬られたとか、なにか重大な事故に巻き込まれたとか、副長に生命の危機が迫っているのかと思っていた私は、なぜか小さくなっている副長を見て思わず笑ってしまった。それが気に食わなかったらしい彼は目くじらを立てて怒っているけれど、今の姿では威厳もなにもあったものではなく、ただ可愛いだけだ。

「山崎さん、なにがあったんですか?」
「先日捕縛した攘夷浪士の所持品を検査していたんです。その中にとある薬品が混ざってまして…俺がうっかり副長にぶっかけてしまって」
「うっかりぶっかけたんなら仕方ないですよね」
「しかたないわけあるかボケ、げんきゅうだクソ」
「そんな可愛い顔して暴言吐かないで下さいよ」
「みためはこんなだが、なかみはそのままのオレなんだよ」
「はぁ…それにしても可愛い…」
「年の頃は二つか三つってところですかね」
「そうでしょうね」
「ありえねェっつーの…」

中身はそのままらしいのだが、いかんせん体が幼児なので何をしても上手くいかない。見回りにこそいけなくても書類の整理くらいと部屋に篭った副長だが、本来の姿の時よりひと回りもふた回りも小さなその手では筆を持つことすら上手くいかないらしく、書類の整理も早々に諦めたようだった。

「おまえなんでヘラヘラしてんだよ」
「まさか副長を膝に乗せて日向ぼっこする日がくるなんて思いもしませんでしたからね、楽しくて」
「だからな、」
「中身はいつもの副長だってんでしょ、わかってますよ。でも可愛いんだから仕方ないでしょ」

事の顛末を知った局長が、せっかくの機会だから休みをとったら良いと言ってくださった。ついでに一人では何かと不便だろうからと私が世話役に任命されたのだ。流石にこの人のプライドが許さないということでお手洗いにまでついていくことはないのだけれど…それ以外の補助は出来る限り行なっている。

「夜ご飯なに食べます?皆さんと同じものだと食べにくいですよね」
「なんでもいい」
「そんなこと言って昼ご飯もまともに食べられなかったじゃないですか」
「…………………」

真選組の屯所に子供用のお箸なんて置いてあるわけもなく、強がっていつも通りに食事をしようとする副長はえらいことになっていた。慌ててスプーンを用意するも時すでに遅し。着ていた服はどろどろで、テーブルはべちゃべちゃになっていたのだ。

「夜ご飯のあとは…お風呂も考えなきゃですね」
「ひとりではいれる」
「無理ですよ、ただでさえ広いお風呂なのに溺れちゃったりしたらどうするんです」
「……はァ」

どうしたものか。かろうじて私は今の副長のそばにいることを許されているのだろうが、他の誰かに世話をされるなど言語道断だろう。お風呂の面倒を見るといっても私が屯所のお風呂に入るわけにもいかないし…

「そうだ、私の家に行きます?」
「なんで」
「あそこだったら私が一緒に入ってもいいでしょ?」
「そうするしかねェのか」
「そんなに嫌ですか?」
「いやなわけじゃねェが…プライドがだな」
「たまには甘えてくださいよ」

小さな体の副長を軽く抱き上げ向きを変える。額に軽く口付けをして背中をトントンと叩くと、会話しながらうつらうつらしていた頭がガクンと揺れた。こんなに小さな体で色んなこと考えて、疲労は二倍にも三倍にもなるだろう。

「あり?姐さん土方さんは?」
「たった今寝たの。だから静かにね?」

副長を抱えた私の隣にどかっと座った沖田くんは副長の寝顔をまじまじと見つめている。

「普段からこれくらい大人しかったら楽なのにねィ」
「それは沖田くんがちゃんとしないからでしょ」
「いやいや、この人の口煩さは異常でさァ」
「それだけ心配してるのよ、いつも」
「ありがた迷惑だっつーの。俺も姐さんの膝で昼寝してェな…おいクソガキ、そこどけやがれ」
「起こさないでよ」
「あんた、いい母ちゃんになりそうだな」
「急にどうしたの」
「ガキが妙に似合うっつーか」
「そうかな」
「欲しいとか思ったりすんの?」
「子ども?無理して作ろうとは思わないけど」
「でもあんたたちの頻度で寝てればすぐできるか」
「私たちの頻度って何」
「しょっちゅう寝てんだろィ?避妊は?」
「やめてよこんなところで」
「なに、照れてんの?」
「違います!」
「しーっ、姐さん声がデケェ」
「誰のせいよまったく…」

しばらくの間気の済むまで私をからかった沖田くんは小さくなった副長の頭をポンと軽く撫でて去っていった。なんだかんだ気にかけて、結局この子は副長のことを慕っているんだなと思う。

「さて、そろそろご飯の準備しなきゃ…」

ずっしりとした愛しい重みを抱えて自宅へ向かい、冷蔵庫の中身を確認する。麺類なら簡単に食べられるだろうか…弟がまだ小さかった頃、母はどうしていただろうか。体の大きさから推測される年齢と、その年齢の子どもにできることとできないことを考えながら調理をする。もし将来自分に子どもができたなら、何をするにしてもこうやって考えなければならい。責任こそ伴うが、愛しい人との未来であれば決して苦ではないような気がしていた。

「ん…なまえ…」
「あ、起きました?もうすぐご飯できますよ」

目を覚ました副長がよたよたと私の元へやってくると、そのまま足にギュッと抱きついた。私を見上げるいつもより大きな瞳が愛らしくてたまらず、ぽってりとした体をそっと抱え上げた。

「可愛すぎですよ」
「ふあ…ばんめし、なに」
「今日はちゃんぽんにしました。野菜もとれるし麺なら食べやすいだろうと思って」
「いろいろありがとな」
「いえいえ」

時折あーんと食べさせてあげようとすると不機嫌そうに睨まれたがそんな表情さえ可愛くて思わず何度も写真を撮ってしまった。食事中に携帯弄るんじゃねェと凄まれたが、可愛いだけで全く怖くなどない。

「さて、次はお風呂です」
「マジでおまえとはいんの?」
「いつも一緒に入るって迫るの副長なのになんで嫌がるんですか」
「さっしろよ」
「はいはい、今日はなにを言われても怖くありませんからさっさといきますよ〜」

不服です、と顔に書いてあるように見えるがそんなもん知ったこっちゃないと衣服を奪いさり浴室へと連れ込んだ。

「そんなにむくれないでくださいよ」
「はあ…」
「頭流しますよ、目つぶって?」
「ん」

今度は素直に聞いてくれた副長の髪にお湯をかける。いつもより柔らかくてしなやかな触り心地の髪だ。髪だけでなく体全体がいつもより柔らかい。普段より少な目に湯を張った湯船に二人で入り、溺れないように足に乗せると副長はなにを思ったのか私の胸に顔をうずめた。

「何してるか聞いてもいいですか?」
「せっかくだからたんのうしようとおもって」
「可愛い顔でエロ親父みたいなこと言わないでください」
「いいだろこれくらい」
「明日には戻りますかね〜」
「もどらねーとこまる」
「そうですよね」
「ざんねんそうなかおするな」
「だって可愛いんですもん」
「そんなにガキがよけりゃつくるか」
「だから可愛い顔でエロ親父みたいなこと言わないでくださいってば」

ま、なんてことはなく、寝て起きたら元に戻っていたんですけれどもね。私の胸に顔をうずめるようにして眠っている副長が大人に戻っていることに気づいて、やっぱり副長はこうでなきゃなと一日ぶりの愛しい人を堪能するように抱きしめた。

「なまえ…おはよ」
「おはようございます、副長」
「はァ…戻ったか。とんだ災難だった」
「やっぱり副長は副長の方がいいですね」
「昨日はガキがいいっつってたろ」
「うーん、あれはあれでいいけど…やっぱりこの柔らかくもなんともない筋肉だらけの体に抱きしめられる方がいいなと思って」
「悪かったな、かたくて」
「ううん、大好きですよ」
「そうかよ」
「はい」

後日、あの薬品余ってたから今度お前にもぶっかけてみるかと何とも物騒な提案をされたが、それについては丁重にお断りした。

-3-
前項戻る次項