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弟の考察



雪がちらつくとある寒い日のことだ。
早朝土方さんに叩き起こされ、嫌々ながら剣の稽古と市中見回りを済ませ、姐さんお手製の朝飯を食べ、鬼に見つからないようにしばらく惰眠を貪っていた時のこと。屯所の中がにわかに騒がしくなり意識を浮上させる。どうやら来客があったらしく、客間の方に隊士どもが集まっていた。

「なんでィ騒がしい、誰が来てんの」
「なまえさんの御母上らしいんですけど…」
「姐さんの?」

こりゃ珍しいと野次馬に混じり襖の間から客間を覗き込むと、人好きしそうな笑顔のおばちゃんがいた。なるほど、あれが姐さんの……。

「お母さん、急に来るなんてどうしたの」
「こっちに出て来ることがあればいつでもって土方さんが言って下さってたの思い出してね。はいこれお土産です。良かったらみなさんでどうぞ」
「恐れ入ります、なまえ君の母上殿」
「娘がいつもお世話になってます」
「こちらこそ、なまえ君はいつもよく働いてくれています。隊士からも姉のように慕われて、ここにいてくれて助かってます」

近藤さんと姐さんの母親が社交辞令じみた言葉を交わす横で、土方さんが神妙な顔をして座っているのが見える。珍しい、あの人でも緊張することがあんのか。そう思ったところで近藤さんが席を外した。

「おい、お前たち仕事に戻れ。トシたちは大切な話があるんだ」

近藤さんに一喝され、隊士たちは蜘蛛の子を散らしたように去っていった。しかし俺は違う。大切な話と言われておいそれと簡単に引き下がれるものか。どんなおいしい話だろうかと場所を移動して聞き耳を立て、三人の会話に集中した。

「ご無沙汰してすみません。本来ならこちらから出向かなければならないところを」
「良いんですよ、多忙なんでしょう?」
「申し訳ありません」
「なまえから電話で大事な話があるって言われて気になって気になって、ごめんなさいね、待ちきれなくて」
「お母さん…だからって事前に言ってよ」
「まあ固いこと言わないでちょうだいよ。それで、大事な話っていうのは?」

姐さんの母親がそう言うと、土方さんがその場で頭を下げた。何が起こってるんだ?あの人が頭を下げるなんて。

「謝らなければならないことがあります」
「ええ、なんでしょう」
「初めて家にお伺いしたときなまえさんとお付き合いをしていると言いましたが…あれは嘘なんです」
「……」
「俺にも彼女にも見合いの話があり、双方体良く縁談を断るためにお互い婚約者のふりをしました」
「ごめんなさい、お母さん。私どうしても、あの家を継ぐ気になれなかったの」
「理由があるのよね」
「彼、との…楽しい思い出が残る場所だから、あの場所で他の人と過ごすなんて考えられなかった」
「そう…」
「私の軽率な思いつきでした。そのせいで彼女を事件に巻き込んでしまい、本当に申し訳なく思っています」
「頭をあげて下さいな、土方さん。なんとなくそんな気はしてました」
「「え?」」
「でもこの子が頑なに店を継ぎたくないという理由まではわからなくて。それが聞けて安心しましたよ」
「お母さん…」
「あの時は嘘でした、でも今は真剣に彼女を愛しています。あの時申し上げた通り、仕事柄彼女を危険に晒すこともあるかと思います。それでもそばにいて欲しいと思っています」
「親不孝でもこの人と一緒に死ねるならそれでいいと思うの」
「気は強いけど可愛い娘です。娘を泣かすような男ならお断りですよ、土方さん」
「はい」

一連のやりとりを見て、覗き見をしたことを後悔するようなむず痒さだけが残った。家族のラブシーンを見てしまったような、そんな気まずさがある。

なんだかんだ一番近くで二人を見てきた俺だ。最初は偽物だった思いが本物になっていく過程だって間近で見てきた。姐さんを泣かすようなやつなら許さない、それが例え土方さんであってもだ。しかし姐さんは、例え泣かされたとしても相手が土方さんなら何も言わずに受け入れるんだろう。それくらい姐さんはあの人にベタ惚れだ。

「つまんねェな」
「なんだ総悟、ついに姉離れか」
「残念ながら土方コノヤローへの嫌がらせのために姉離れは当分してやんねェ」
「兄離れの方が先に必要みてェだな」
「俺がいつあの人慕ったっていうんでさァ」
「お前らどう見ても仲のいい兄弟みてェなもんだろ」
「死んでも嫌でィあんな兄貴」

正直なところ、姐さんの泣き顔を見ずに済むなら、相手があの高杉だろうと誰でもいい。まァ、土方さんが相手なら、高杉よりかは幾分マシなような気もする。

「あ、沖田くん」
「もう母ちゃん帰ったんですかィ?」
「うん、嵐みたいだった」
「良いのかィ、あの人で」
「心配してくれてありがとう。でもあの人がいいんだよ、困ったことに」
「とんだ貧乏くじだねィ」
「こんな可愛い弟がついてくるならラッキーじゃない。それよりさっきお母さんからもらったお土産食べない?沖田くんが好きそうなお団子だったよ!」
「へェ、じゃあいただきやす」
「お茶入れるから早くおいでね」

この人が笑顔でいてくれるなら、なんだっていい。

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