「及川、今度ナマエちゃんと飯行かね?」
「ナマエ?やだよ」
「え〜いいじゃん。年下の女子とか可愛いし知り合える機会とか滅多にないんだから有効利用しようぜ」
「俺は既に知り合ってるから」
「ああもう!お前は良いんだよ!俺が年下女子と知り合いたいの!」
「欲望丸出しじゃん」
自慢ではないが青城バレー部は中々人気がある。その中でもレギュラーメンバーには割とファンが多い。マッキーだって例に漏れずファンがいるが、この男、結構面食いだ。ナマエは可愛いというよりキツめの美人顔だからタイプのど真ん中なんだろう。
「俺あの子のこと超幸せにする」
「俺はナマエの保護者じゃありません」
「及川ケチだな」
「今度試合見にこいって誘ったけど断られたよ」
「おいおいマジか」
あの空き教室での一件以来、ナマエがうちに来ることが減った。まあもちろんナマエがうちにいること自体が非日常だったのだから、ただ日常に戻っただけなんだけど…どことなく物足りなさを感じていた。うちの母親もナマエを心配しているが、俺たちは未だにお互いの連絡先すら知らないから、連絡の取りようがなかった。それでも俺がわざわざ二年の教室に行くようなことがあればあいつはまた関係のないやつに絡まれるだろうし…そんなことを思うと距離を置くしかなくて、俺とナマエは結局赤の他人なんだなと少しだけ虚しくなった。
ただ、あの時はそう思ったのに春高予選が始まるとそんなことを考える余裕もなくなっていた。毎日打倒白鳥沢というか打倒牛若という目標を掲げひたすらボールに触り続けた。インハイ予選での悔しさを全てぶつける。このメンバーで全国に行く。わざわざ口にしなくても全員の思いは一緒だった。
「及川、オーバーワークになんなよ」
「うん。わかってるんだけど…足りない気がして」
「お前の練習量で足りなかったら俺たちどうなるの」
「そうそう。たまには早く切り上げて帰ろうぜ」
「あと一本だけサーブ打たせて」
「一本だけだぞ」
わかってる、キャプテンの俺が帰らない限り後輩は帰りたくても帰れないだろう。国見ちゃんなんか明らからに飽きた顔してるし。
「もうちょっと補正が必要かなあ」
「どんだけ殺傷能力上げるつもりだよ」
「的が飛雄ならもっとやれる」
「こえーよ」
正直なところ、敵は牛若ひとりではない。
烏野の成長スピードにはおぞましいものがある。
だからこそ、持てる武器は全て持って挑まなければならない。
「はぁ〜今日も疲れたね」
「オーバーワークなんだってお前は」
「帰ったらちゃんと休むから心配しないで」
「ったく…」
岩ちゃんと歩くいつもの帰り道。
その途中にある、小さい頃よく遊んだ公園。
ふと、その公園になんとなく視線をやると人影が見えた。…ナマエだ。
「岩ちゃん先帰っててくれない?」
「あ?忘れもんか」
「いや、あそこにナマエがいる」
「…ああ。早く帰れよ」
「うん。また明日ね」
ベンチに座ってボーッと空を見上げているナマエに近づく。夜は気温が下がるのが早いのに何してるんだこのバカは。
「ナマエ、何してんの。風邪ひくよ」
「徹…?」
「うわ、何その顔」
「んー殴られた」
「は?また?」
殴られたというその顔は、この間一年女子にやられた時のように口の端を少し切っただけの可愛いもんじゃないひどい痣ができていた。
「だれ、女?男?」
「男?俺のこと遊びだったのか、ふざけんなーって」
「だから男遊びやめろって言ったじゃん」
「そうだね、徹の言う通り」
なんだか悲しそうな目をしたナマエに思わず手が伸びた。痣の上にそっと手を当てると、ナマエがくすぐったいと言って笑った。
「つらいことあるなら俺に言いなよ。頼る人他にいないんだったら俺でいいじゃん」
「徹みたいな一生懸命な人の横に私みたいなのがいたら邪魔でしょ」
「俺から邪魔って言われたことある?ないでしょ。そんなのお前が勝手に思ってるだけじゃん」
「…ありがとう」
「素直でよろしい。さ、帰ろう」
「うん」
先に立ち上がった俺のジャージの裾を掴んで後ろからついて来るナマエ。見た目に反して結構可愛いとこあるんだな、こいつにも。
「ナマエ、そろそろ連絡先教えてよ」
「なに、口説いてんの」
「ちげーよブス」
「ブスとはなんだこの似非イケメン」
前言撤回しよう、可愛くないよこんな女。