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月曜日、放課後の部活は休み。
久々にシューズでも見に行こうかとひとりでスポーツ用品店へ向かっている最中、男連れのナマエにあった。今回もまた、初めて見る男だ。

「ナマエ?なにしてんの」
「なにって…デート的な?」
「彼氏?」
「彼氏的な」
「彼氏じゃないんだな」

隣にいる男、正直中の下レベルだ。ナマエは見た目がヤンキーだけどそれなりに整った顔をしているから釣り合ってない気がした。

「遊び呆けてないでさっさと帰んなよ」

返事も聞かないまま俺は目的のスポーツ用品店へと足を進めた。あいつ、なんであんなことばっかするんだろう。

「及川、なんか難しい顔してんな」
「そうかな」
「お前の真剣な顔とかレアだろ」
「ちょっとそれはひどくない?」

翌日の昼休み、いつものように岩ちゃんたちと飯を食っていた時のこと。先日から頻繁に思考を占領しているナマエのことをまた飽きもせずに考えていると岩ちゃんからの指摘。

「幼馴染が手に負えない」
「あ?俺?ナマエ?」
「ナマエだよ。岩ちゃんが手に負えないのは今に始まったことじゃないし」
「んだとこら」
「なぁーんか…闇が深いっていうか…」

派手な見た目も短いスカートも、取っ替え引っ替えする男も、最近じゃ寂しさをごまかすためのアピールにしか見えなくなってきた。でもあいつは俺に寂しいなんて言わないだろうな。だって他人だし。

「お前がうじうじしてんの見てて気持ち悪いからさっさとなんとかしろ」
「気持ち悪いはさすがにひどいでしょ」
「気持ち悪いもんは気持ち悪い」

パックに入った牛乳をジューッと勢い良く吸って飲み干しぐしゃりと握りつぶした。予鈴が鳴り、理科室まで移動している時のこと。普段あまり使われていない教室から女の子の声がした。なんかえらくベタなことやってるな、なんて通り過ぎようとしたら俺の名前が聞こえた。おいおい、勝手に俺を巻き込むな。

「及川先輩とどういう関係なんですか」
「別にどんな関係でもないよ」

教室を覗くと一年生が二人とナマエがいた。ナマエが言うように俺とあいつは他人だ、なんの関係もない。が女の子はそういう生き物だ。あなたみたいに色んな男と遊びまわってる人が及川先輩に近付いたら迷惑です。なんてもっともらしいことを言ってはいるが、俺の意見を無視したそれは別に正論なんかではない。現に俺はナマエのせいで迷惑を被ったことなどないのだから。

「だから、なんの関係もないって言ってるじゃん」

ナマエがちょっとだけ語気を荒げた瞬間、パシンと乾いた音がした。おいナマエ暴力沙汰は…と思ったが、手を挙げたのは一年生。ナマエは諦めたように笑っていた。

「気が済んだ?」
「とにかく及川先輩に近付かないでください」

一年生が出てくる気配がして咄嗟に隠れた。ナマエはこの部屋から出て行く様子はないようだ。

「なんでされるがままなわけ?」
「覗き見とか趣味悪いよ」
「ってか口の端切れてるじゃん」
「…いいよ、慣れてるから」
「お前一応女の子なんだから顔大事にしな」
「一応とか言うな」

窓にもたれ掛かって天井を仰いだナマエの横で俺も同じように佇んだ。理科の授業はもう始まっただろうか。まあ誰か適当に言い訳してくれるだろう。

「転校生ってだけで目立つの。だから変な言いがかりつけられるし、今までも何回もあったから慣れてる。怒ったって火に油だし、一発受けてやれば相手も気が済むし」
「だからって顔は良くないっしょ」
「っていうか徹ファン多いんだね」
「まあね、みんなの及川さんだから」
「なにそれ。でもいいね、徹の周りにはいつも人がいる。徹のことが好きなあったかい人たちばっかり」

ナマエはズルズルと埃っぽい床に腰を下ろすと、俺の顔なんて見ないまま話を始めた。東京に引越すのが嫌だったこと、親が離婚することになったこと。

「東京にいる時たまたま手に取った雑誌にね、徹が載ってた。バレーの宮城の強豪中学の特集みたいなやつ。私も徹みたいに何か頑張れば親は離婚しないでいてくれるかなって思ったけどやりたいことなんかなかったし、努力しないままの私に呆れたのか結局離婚しちゃうし、私は厄介払いされるみたいに宮城に戻されるし。こんなことなら最初から東京に行かなきゃよかった」

今日のナマエは、よく喋る。

「東京でも何回か転校繰り返してたからろくな友達いなかったし、ばあちゃんのことは大好きだから宮城に戻ってくるの嫌じゃなかった。昔よく遊んでくれた徹もいるし。…でもさ、ばあちゃんの具合良くないんだよね。それでもあの親は医療費送ってくるだけで見舞いにも来ないし…。もしばあちゃん死んじゃったら私ついにひとりになるんだよ。笑えるよね」

笑えるわけがない。
けど、なんて言ったらいいのかわからない。

「お前バレー好き?」
「全然知らないもん」
「試合見にくる?前見たいって言ってたじゃん」
「気が変わったから見に行かないよ」
「俺とお前さ、割と一緒にいるじゃん」
「だから変なのに絡まれるんだよ」
「いや、そうじゃなくて。もうその時点でひとりじゃなくない?」
「は?」
「どっかの馬の骨より俺といた方がいいんじゃない」
「なにそれ告ってんの」
「ちげーし。でもお前が寂しいんだったらセックスくらいしてあげるけど」
「やだよ。私処女だし」
「は!?」
「え、なに、悪い?」
「じゃあの彼氏的な男とは何してるわけ」
「つるんでるだけ。キスとかさせないよ」
「お前見た目とギャップありすぎ。超ウケる」

後半はくだらない話ばっかりだったけど、ナマエの表情が少しだけ緩んだような感じがした。

「六限目は出なよ」
「いや、なんかそんな気分じゃないからばあちゃんのお見舞い行ってくる」
「あっそ」

立ち上がり、短すぎるスカートを雑にパンパンと叩くものだから座っている俺からはパンツが丸見えだ。処女だとか言っていたくせにパンツは妙に色っぽかった。さすが都会育ちのヤンキーは一味違う。

「お前パンツ見えてるっつーの」
「オカズにしないでね」
「誰がするかクソガキ」

挑発的な目をしたナマエは未だ座っている俺の目の前にしゃがみ込み、ネクタイをグッと引き寄せ自分の唇を俺の唇に押し当てた。

「話聞いてくれたお礼にファーストキスあげる」
「…自意識過剰だろ。罰ゲームの間違いじゃん」

したり顔で教室から出て行ったナマエ。
クソガキからのキスに反応してしまった俺自身もまだまだクソガキかもしれない。

埃まみれの教室がなんだか息苦しくて窓を開けると、心地いい風が入ってきた。季節はいつの間にか秋になっていた。結局今年も夏のにおいがなんなのかわからないままだった。


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