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5

副長の婚約者のフリをした数日後、今度は副長に私の婚約者のフリをしてもらう日がやってきた。今日は見合いを断るために母の元へ副長を連れて行くことになっているのだ。

ああ、噂をすれば母からの電話だ。何時に来るのかこの間の見合いの件はどうなっているのかなどなど…「着いてから話す!!」と電話をブチっと切って真っ黒になった携帯の画面に視線を落とす。「おいおい母ちゃん大事にしろよ」と隣の旦那様(仮)がボヤいているが、私の心労も知らずによくぬけぬけと…と僅かな苛立ちを覚えた。

タクシーで数十分、江戸の外れの小さな商店に着いた。私の実家だ。客なんてものは殆どおらず、いくら父の忘れ形見とはいえ、自分達の生活を犠牲にしてまで続ける意味があるのかは甚だ疑問だ。

「ただいまぁー」
「ナマエ!早かったね。ん?そちらの御仁は?」
「どうも、真選組副長、土方十四郎と申します」
「なななななななにかうちの娘が悪いことでも…!?」
「違うからね、落ち着いてお母さん。副長、とりあえず上がって下さい。汚い所ですけど」

慌てふためく母と副長を客間へ促す。今日は弟は出掛けているようだ。

副長はどっしり構えているが、母は視線をキョロキョロとさせ落ち着かない様子だ。それもそうだろう、要件を伝えていないし…。
三人分のお茶を入れて私も腰をおろす。そして母の前にこの間の見合い写真を差し出した。

「お母さん、申し訳ないけどこの見合いは受けられないし、私はお父さんのお店を継ぐ気もないの」
「見合いを受けないのは此方の御仁と関係があるの?」
「ナマエさんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いています。正直に言うと仕事柄絶対に危険な目に遭わせないと約束は出来ませんが…それでも側で守っていきたいと思っています」
「私はこの人と一緒に生きていきたいの。真選組で自分のできることをしていきたい。だからお店も継げない」

呆然としていた母だけれど、私たちの話を聞いて信じてくれたのかゆっくりと頷いてみせた。

「昔からこれと決めたら譲らない子で…副長様も苦労なさるかと思いますが…よろしくお願いします」
「彼女の一本気な性格も気に入っています。此方こそよろしくお願いします」

二人で母に頭を下げて店を出る。なんとも言えない空気が漂っていた。

「やっぱ嘘つくって気分悪いです」
「いい母ちゃんじゃねェか」
「そうですね…」

あの店を継ぎたくない理由は、母にも告げていない。父が生きていれば、あの人に出会っていなければ、何かが今と変わっていたかもしれないけれど、それは単なる想像に過ぎない。今の私が真選組で働いているのも、副長の婚約者のフリをしているのも、きっと理由があるんだろう。

「お前親父さんは亡くなってるって言ってたろ。墓参りとかちゃんとしてんのか?」
「父の前だと色々愚痴こぼしちゃうからあんまり行かないようにしてるんです。便りがないのがいい便りっていうでしょ?」

副長は何かを察してくれたのか、それ以上父の話をしなかった。

「うめェもんでも食ってくか」
「副長の奢りですか?やったー!」

副長と並んで歩くのにも少しだけ慣れた気がした。

「ああ…お腹いっぱい。ご馳走様です」
「お前結構食うんだな。いつも食事の時間が違うから知らなかった」
「食べられるときに食べておかないと」
「あんだけ美味そうに食ってくれりゃ奢りがいがあるな」
「またどこか美味しいお店連れてってください」
「気が向いたら。っていうかお前の飯の方が美味いんじゃねェの?」
「本当ですか!?ってあんだけマヨぶっかけてたらわかんないでしょ!」
「ははは、それもそうか」

他愛ない話。本当に他愛ない話。いつの間にか副長との距離は少しずつ縮まっていて、何となく隣にいるのも、妻のフリをするもの悪くはないかなあ、そんなことを思った。

(あ……)

この顔にピンときたら110番。なんて、不意に視界に飛び込んできたビラに心臓が嫌な音を立てる。巷で凶悪犯呼ばわりされている"彼"を思い出すたびに、私は幸せになってはいけないのだと思い知る。彼を救えなかった私が、彼以外の人の隣でのうのうと笑って生きていくことなんて許される筈がない。

「どうした?ボーッとして。高杉がどうかしたか?」
「い、いえ。最近よく名前を聞くなあと思って」
「悪い噂しかねェよ。幕府を転覆させようなんざ、普通のやつの考えじゃねェ。俺たち真選組の敵だ」

そう。敵。彼は敵なのだ。

「そういえばお前の家どっちだ?今日非番だろ?送ってくぜ」
「滅相もない!近くだし大丈夫です」
「そうか、ならまた明日な」
「はい。今日はありがとうございました」

副長と別れて自宅に向かって歩く。段々と暗くなっていく空、先ほど見たビラ、色んなことが重なって気持ちが落ち着かない。こんな日は決まって嫌なことがあるのだ。

(今日は早く眠ってしまおう…)

家のドアを開け、中に入るといつもと変わらない部屋があって安心した。
きっと明日からまた楽しい一日が始まるんだ。今日の嫌な予感は思い過ごしだろう。

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