3

私は今、一介の町娘が袖を通すことなどできないような煌びやかな着物を着ている。そう、全ては隣にいる副長のせいだ。今日が例の食事会の日なのである。屯所前に迎えに来た黒塗りの高級車の後部座席に二人並んで座っているが終始無言。なんだこの状況は。

「副長、理由は理解しましたけどこんなことで取り繕ったってすぐボロが出ますよ」
「それでも得体の知れない女と結婚させられるよりマシだろ」
「それはそうかもしれないですけどね。私にだって言い分くらいありますから」
「ほォ。どんな言い分だ」
「こんな役目無条件で負うわけにはいきません」
「この俺に条件つきつけるたァお前も中々だな。わかった、今回無理言ったのは俺だから聞くぜ?」
「私と結婚してください」
「は????????」

副長の頭の上に見事なクエスチョンマークが浮かんだ。私だって、私だって…!こんな人の奥さんのフリをするなんて嫌だけど!仕方ない事情もあるんだから!

私は鞄から一枚の写真を取り出し副長に渡した。もちろん知人ではないはずだ。

「誰だコレ」
「私のお婿さん候補です」

そう、田舎の母から見合い話が舞い込んだのだ。父は攘夷戦争で既に他界しており、実家には母と年の離れた弟が一人いる。小さいながらも商店をやっているため男手が欲しいのだろう。母に悪気があるわけではないが私にだって歩みたい人生があるので出来ればこの縁談は避けて通りたい。しかし母は相手もいないのに断る理由はないだろうと言うのだ。そうなれば解決する方法はただ一つ、母のお眼鏡に叶う相手を連れて行くしかない。というわけで隣の副長に勝手に白羽の矢を立てたのだ。

「交換条件ってわけだな」
「交渉成立とみても?」
「ああ、構わねェ。しばらく俺たちは偽装の夫婦ってわけだ」
「宜しくお願いします」

こうして私と副長の偽装結婚生活が始まったのである。


「あら?お隣の女性はどちら様?」

会食の場についてすぐ、とても美しい着物を身に纏った女性にドス黒い笑顔で言われた。完全に敵視されているではないか。笑顔があまりにも怖くて、私は引きつった笑顔を返しながら副長の左の袖をギュッと握った。副長は大丈夫だ、とでも言うように私の手を軽く握ってくれた。立ち話もなんですからと席に促されたのはいいが、相変わらず私にはあのドス黒い笑みが向けられている。

副長と私、相手の女性の方とそのお父上、副長は面識があるかもしれないが私にとってみれば副長も含めて全くの赤の他人なわけで。なんとも居心地が悪い。

「土方くん、松平長官殿から君には特定の相手がいないと聞いていたんだ。娘も君のことを大層気に入っていたようだったから是非にとこの場を設けたわけだが…」
「申し訳ありません。今まで交際自体を公にしていなかったもので。こちらは真選組の屯所で給仕を担当してくれているナマエといいます。結婚を前提に交際をしています」
「ナマエです…」
「職業柄大っぴらにしてしまうと彼女にも危険があると思い、黙っていたせいで誤解を招くことになって申し訳ない」
「ナマエさん?あなたのご実家は何をされているのですか?」
「父は攘夷戦争で亡くなっていますが、母と弟が父の商店を継いでいます」
「それなら跡取りを貰って商店を継ぐお役目があるんじゃなくて?」
「もちろん母はそれを希望していますが、私には私の人生がありますし、彼について行くと決めていますので」
「まあ…可哀想なお母様」

ここぞとばかりに痛いところを突いてくる。そんなの私だって十分にわかってるけど私にだってやりたいことがある。いくら大好きな母の為とはいえ、決められた人生を歩む覚悟なんてどこにもないのだ。

「お気持ちはよくわかりますが、私自身がこのナマエと生きていきたいと考えていますので、どうかご容赦ください」
「土方さんがそう仰るなら…でもまだ結婚が決まっている訳ではないのですよね?」
「結婚のタイミングについてはこれから彼女の家族も含めて考えていきたいと考えていますので」
「そう…」

とりあえずこの場は凌げたが、あの人絶対に諦めていない。同じ女だからよくわかる。ライバルがいた方が燃えるタイプの女だっているんだ。彼女は完全にそのタイプだろう。

気まずい会食が終わり、迎えにきた車に乗り込むと一気に疲れがやってきた。

「はあー…疲れた怖かったもうやだ」
「悪ィな、手間かけて」
「もう嫌…でもこれから副長にも嘘ついてもらわなきゃいけないから。五分五分の立場だからもうちょい頑張ります」
「そうだな」
「あの人すっごく怖かったです。でも副長のこと本当に好きなんだなって思いました。絶対諦めたくないって顔してたから」
「マジでか。諦めてねェのかあれ」
「女はしつこいんですから。ちゃんと気をつけておいてくださいよ。昔たぶらかした女に刺されても知りませんからね」
「俺はそんなタイプじゃねェよ」
「どうだか…」

この後の記憶はぷっつり途切れていた。慣れないことをしたから疲れたのだろう。副長の肩にもたれかかって眠ってしまった私を最後まで起こさずにいてくれた副長は案外優しい人なのではないかと思った。

prev | next