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万事屋経由でナマエが俺に宛てた手紙とやらを受け取った。内容は今回自分のわがままで休みを取ったことへの謝罪と、俺に対する真摯な気持ち。きちんと清算すべき過去があるからまだ伝えられないそれを、自分が帰って来たら聞いてほしいというものだった。そして、もし何かあって帰ってこられなかったら…その時は探さないでほしいとも書いてあった。
「馬鹿野郎、できるかよそんなこと…」
ナマエには悪いが、俺は真選組第一だ。あいつが敵になる可能性を捨てたかったからナマエの身辺をこっそり山崎に調べさせていた。だから俺はナマエが過去に誰と繋がっていたかなんてとっくの昔に知っていた。
真選組に身を置きながら、あの過激派攘夷志士の高杉晋助と繋がっていた過去があるなんて最初は信じられなかったが、知ってしまえば辻褄があうことばかりだった。しかし過去は過去。今現在攘夷派と密通しているわけでもなく、あいつ自身にそういう思想があるわけでもない。周りの警察組織からすればあいつは厄介者として見られるかも知れないが、普段のナマエを知っている俺たちからすればどこにも危険なところなんてなくて、その人柄と仕事っぷりで自分の手で真選組に深く根を張り、真選組の誰からも必要とされる大切な仲間だった。
「土方さん、姐さんはまだ戻らねェんですかィ」
「戻って来る気がないのか、戻れねェ事情があるのかそれすらわからねェ」
「何か手掛かりは?」
「自宅にも実家にも帰ってねェんだ。ナマエが万事屋に託した手紙は、自分が一週間戻らなかったら俺に渡せと言って託したらしい」
「じゃあ、何かあったってことですかィ」
「恐らくな」
「あんたらしくねェ、さっさと指揮とってナマエさんの捜索に当たらせりゃいいでしょう」
そうしたいのは山々だが…あいつが今まで必死に隠していた過去が露見する可能性がある。危険を冒してまで清算しに行ったというのに、あいつの努力を無駄にすることになるのではないのか。
「副長、山崎戻りました!港に高杉の船が停泊していたのは一週間以上前とのこと…ってあれ、沖田隊長…」
「土方さん、高杉って何ですかィ」
「はァ…山崎お前一回死んでこい」
「すすすすすすすすすみません!!!」
…バレてしまっては仕方がない。総悟には他言無用という形で、ナマエが過去に高杉と繋がりがあったこと、これから先真選組に身を置くために過去を清算しに行っていたことを総悟に明かした。
「で、行ったはいいが高杉との接触の後行方知れずってことですかィ?あんたまた惚れた女手放す気かィ」
「そんなつもりはねェ。高杉の船がいつまで港にいたかが重要だったんだ。山崎の情報が確かならあいつは高杉との接触の後に地上で何者かに攫われた」
「大丈夫ですかね…ナマエさん…」
「考える暇なんてねェ、あいつは俺たちの仲間だ。全力で捜査するぞ」
総悟と山崎と三人で情報を共有し、それぞれ何をすべきか算段をしていたとき、急に広間が騒がしくなった。
「副長!大変です!」
「何事だ」
「ナマエさんらしき人がテレビに…!」
「は?」
思わず総悟と顔を見合わせ、問題のテレビへと目を向ける。ニュース番組の放送、その中で取り扱われている一件にナマエが関与していた。
とある攘夷派グループが犯行声明を出したらしい。映像には目隠しをされ手足を拘束されたナマエらしき人物が映し出されていた。いや、見間違うはずがない。あれはナマエだ。
過激派攘夷志士・高杉晋助の船から出て来た女は真選組で働く女中?とアホみたいなテロップが出ているが、そんなことより所々出血しているように見えるところが気になる。ナマエは無事なのか…?
攘夷浪士のグループは真選組へ身代金の要求をしているらしい。そんなものに応えてやる義理はねェが、ナマエを人質に取られているとあらば状況は変わってくる。
「ナマエさん高杉と繋がってたのか…?」
「俺たちを裏切ったっていうのかよ」
「嘘だろ、そんなの」
「でもあの週刊誌の件もあったし…」
「お前ら、言いたいことはそれだけか」
狼狽える隊士を前に近藤さんがそう言った。お前たちが見て来たナマエくんはそんなにも信用に足りない人物だったのかと、何を信じるかは自分次第だと。
「真選組の局長として、ナマエくんの人命を第一に捜査に当たることを命令する。いいな」
「「「はい!」」」
近藤さんのおかげで隊士たちの考えがまとまった直後、ニュースの映像が中継に切り替わった。足がつかないようにテレビ局から直接ではなくネットを通じてテレビ局に映像を配信しているらしい。小賢しいまねを…。
画面には痛々しい姿のナマエが映し出されており、思わず力いっぱい唇を噛んだ。
「真選組のみなさん、お聞き頂いてますか。こちら、お宅の女中らしいですね。それも副長から寵愛を受けている人物だとか。高杉の船から出てきたところを攫ったんですけど…知ってました?この女スパイだったんじゃないの?真選組がスパイに潜り込まれてるなんて信じられないですねぇ。こんな女でも解放して欲しければ、明日までに身代金五百万と副長の首を差し出してください。さもなくば、江戸は火の海となりこの女の首は飛びます。ああそうだ、処刑の瞬間も映像で流しましょうか」
リーダー格と思われる男がカメラに向かって語りかける。その後ろでナマエはムチで打たれ、時折呻き声を上げでいる。
「副長…ッ…」
かすかに聞こえた俺を呼ぶ声。
その場にいた全員がナマエの声にハッと息を飲んだ。
「勝手に喋ってんじゃねぇよ」
「うっ…」
「ま、どうせ死ぬだけだろうから最後に遺言くらい言わせてやろうか。ほらさっさと喋れ」
「…副長、私なんかのために人員を割くこともないし、誰かを犠牲にすることもないですよ。あのとき…覚悟を決めたあの日から死ぬのは怖くないです。今までありがとうございました」
おい、冗談やめろよ。何最期の挨拶みたいなこと言ってるんだよ。俺とお前はこれから一緒に歩いていくんだろうが、勝手に死ぬなんて許すわけねェだろ、なんで…笑ってんだよ。
「あいつら殺す方向で良いよな」
「俺は異論なしでさァ」
「大方高杉のこと探って高杉の弱味でも握ろうとしてたんだろうよ、軟弱野郎が」
「真選組も舐められたもんでさァ」
「ナマエ傷つけたらどうなるか…俺たちの恐ろしさを見せてやる時が来たようだな」
「完全にR指定ですぜィ」
この場にいる全員が、青白くなるほどまでに拳を握りしめていた。
お前が必死に隠してきたものがこんな形で露見することになって残念だが、結局俺たちはそれを知っても何も変わらなかった。お前の過去に高杉との関係が有ろうが無かろうが、今のお前は真選組の一員で、俺たちの大切な仲間なんだ。死なせない、絶対に。
「全員心してかかれよ、上からのお叱りがあったら俺が甘んじて受けてやる」
「近藤さん、クビが飛ぶかも知れねェぞ」
「お前が惚れた女と一緒にいられるなら安いもんだ」
「そうかい。それじゃ遠慮はしねェよ」
死ぬときは一緒だろ、なァ。
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