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あれから何事もなくパーティーは終わり、副長は約束通り私を迎えに来てくれた。本来ならば撤収作業も含め副長が指揮を取る場面も多数あるのだろうが、私の為に現場を任せて来てくれたらしい。

「どこか行きたい店あんのか?」
「特に決めてないんです。ただ副長と一緒に飲みに行きたかっただけなので」

制服を脱いで着流しを身に纏う副長にはなんともいえない色気があって、隣に並ぶのか少しだけ気恥ずかしい。

「じゃあ適当に入るか」

そう言われて、その辺の居酒屋に入ったのが昨晩の話だ。お互い色々な話をしながらよく飲んだ。飲み過ぎて記憶が曖昧になるくらい飲んだ。曖昧な記憶を辿っても、今のこの状況が理解できない。自分の携帯からではないアラーム音で目が覚めたが、今いるのは私の部屋だ。目の前には下着姿の副長がいて、バタバタと着物を身につけている。

「…お前は今日遅番だったろ。もうちっとゆっくりしとけ」
「あ、はい」
「しかしやっベーな。山崎に迎えに来させるか…」

ぶつぶつと言いながら、あっという間に着物を身につけてしまった副長は「じゃあ、行ってくる。また後でな」と呆然とする私をおいて出て行った。

去っていく副長の後ろ姿を見つめ、ようやく頭が働き出して、私は恐ろしい事実がないかどうか確認するために布団をめくった。

「あ」

…そこには恐ろしい事実があった。むしろそれしかなかった。記憶にはないが、ベッドの周りに散乱した着物と下着を見れば言い訳なんてできるわけもないことは一目瞭然だ。せっかく買ってもらった着物もグチャグチャになっている。

副長と…しちゃった…のか?別に初めてではないし、そういうことがあったとしてもショックを受けるような純情など持ち合わせていないが、問題はそこに至るまでの記憶がないことである。

お互い酒に酔ってなし崩し的に体を重ねただけならまだマシかもしれない。でも、もし自分の気持ちを伝えてしまっていたら、私の好意に副長が応えてくれていたら…とんでもなく大変なことだ。一方的に副長を想って、副長と結ばれることを願っていたくせに、いざそういう状況になると清算すべき問題が山積みであることに気付く。例え副長が私の好意に応えてくれたとしても、私のこの想いは副長に迷惑をかけるだけのものである。

晋助と結ばれた過去をなくしたい訳ではない。あれは私たちなりに一生懸命に恋愛した結果だ。でも私が過去に付き合っていた人は攘夷志士で、本来ならば真選組が命を賭してでも守るべき将軍様の敵なのだ。私の存在自体が危険因子なのである。迷惑をかける、当たり前だ。わかっていても…自分の気持ちにセーブすらできないところまで来てしまっているのだった。

どんな顔をして副長に会えばいいだろうか、と胸元に咲いた赤い痕を見つめながらため息をついた。深く悩み思考を巡らせながら歩いているうちに、あっという間に屯所に辿り着いてしまった。副長は私のことをどう思っているだろうか、軽い女だと思われてしまっているのではないだろうか。

悩んでいる時、いつも真っ先に顔を合わせてしまうのは副長で、今日も例の如く副長に出くわした。副長は想像していたよりもずっと難しい顔をしていて、どうしようもない申し訳なさが胸を締め付けた。

「…おはようございます」
「お、おお」
「あの…昨日はすみません」
「いや、俺の方こそ…とりあえず見回り行ってくる」
「あ、行ってらっしゃい」

副長はそのまま背を向けて市中見回りに行ったっきり、食堂にも顔を出さなかった。相談したいのに、ちゃんと謝って私の思いを伝えたいのに。昨日あんなことがあった手前仕方ないことなのかもしれないが…副長なら今私が何を思っているかわかってくれると思っていたのに。

「はぁ…」
「でっかいため息ですねィ」
「ちょっと、色々」

夕食時、あれから顔を合わせていない副長を思いため息をついていると沖田くんに声をかけられた。心なしか口元が緩んでいる気がする。

「姐さん、土方さんと何かあったんですかィ?」
「何かあったことわかってて言ってるでしょ」
「あの土方さんがキスマークつけて朝帰りだなんて、何かあったとしか思えないしねィ」
「き、キスマーク?」
「あれ?姐さんがつけたんじゃ…」
「(つけたのか…私)」

今朝バタバタ出て行った副長と、屯所で会った副長を思い返してみてもそんなもの見た記憶がない。

「いや、覚えてなくて」
「え?ヤることヤって覚えてないってことですかィ?」
「何が起こったか全く覚えてなくて」
「へぇ…そりゃ土方さんに同情するしかないねィ」

沖田くんがそこまで言ったところで、食堂の入り口の方から「ガタ」と物音がした。驚きながらそちらを見やると、どうやら副長が扉付近の壁にぶち当たったらしい。

「ふ、副長?大丈夫ですか?」
「問題ねェ」
「あ…」

副長はそのまま去っていった。食事をとりにきたのでは無かったのだろうか…。

「姐さんが覚えてないって聞いてショック受けたんじゃねェんですかィ」
「え、そうなのかな」
「こりゃ破局案件だねィ」
「別れるも何も、元から何もないの知ってるくせに」
「最初はそうだったかもしれやせんが…今はそうじゃないんだろィ?」
「…わかんないよ、なにも」

私達はお互いのために婚約者のふりをしていただけの関係で、最初から何の関係もなかったと言われればそれまでだ。

「それでもあんたは、それだけじゃないって顔してやすぜィ」
「沖田くん…」
「ちゃんと話すこったな。そんな辛気臭ェ顔されてたら飯が不味くなる」
「うん…ごめん」

その日の夜、私は副長の部屋を訪ねた。朝は気まずそうに視線を逸らされたが、今はそんなことに怖じ気づいている場合ではない。はっきりと自分の気持ちを伝えなければいけない。

「副長、お仕事しながらでいいので私の話を聞いてもらえませんか」
「…あァ」
「すみません。昨日は無理矢理飲みに誘った挙句、あんなことになってしまってすみません。正直に言うと、あまり覚えてないんです」
「…そうか」
「ごめんなさい」
「いや、お前が謝ることじゃねェ。俺も酔ってた」
「でもこれだけは聞いて欲しくて…私、副長以外の人とは…間違いでもそんなことしませんから」
「お前、それ」
「私達はただ婚約者のフリをしていただけの関係かもしれないけど…っ…私にとって副長は…もう、一番大切な人だから」
「ナマエ…」
「ちゃんとさせてください。ちゃんと…自分で解決させてください」
「ナマエ、俺だってな…どうでもいいヤツと寝るほど甲斐性無しじゃねェよ」
「はい」
「俺も、ちゃんと覚悟決める」
「はい」

やっと視線が合った。副長は真剣な目で私を見たあと、ふっと柔らかく笑った。

心が軽くなったような気がした。

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