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32

けたたましく鳴るアラームを止め、二度寝の快感を貪る。何にも邪魔されず、自然に目を覚ました時にはすでに十時を回っていた。カーテンの隙間からは陽の光が差し込んでいて、天気の良さを窺わせる。溜まった洗濯物の処理とお布団を干すのにはうってつけの天気のようだ。

今日は丸一日オフの日。久々にできた自分の時間は、普段できない家のことをする時間へと当てられるのはひとり暮らしをする上で仕方のないことだ。のろのろと布団から起き出し、カーテンと窓を一気に開け放つと爽やかな空気が舞い込んだ。よし、やるかと人知れず気合を入れて、家事に勤しむ。

「ん〜!壮観!」

綺麗に並んだ洗濯物に充足感が溢れる。洗濯物の奥には先ほどまで身を横たえていた布団。こちらは数時間もすればフカフカになってお日様の匂いがするだろう。

家事が一段落したところでグーとお腹が鳴り、時計を見やると針は丁度昼をさしていた。不規則な生活をしていても体内時計は割と正確に動いているようだ。

家にあるもので昼食を簡単に済ませ、買い物に出る。洗濯物にとってはとてもいい日差しだが、人間にとっては少しばかり厳しい日差しだった。両手いっぱいに買物袋を持っているため日傘をさすことも叶わず、額に汗を滲ませながら我が家を目指して歩いていると、公園の方から少女達の賑やかな声が聞こえてきた。

「神楽ちゃーん!」
「ナマエ!久しぶりアル!」
「今日はお友達と一緒なの?」
「そよちゃんアルよ!親友ネ」
「ナマエさんとおっしゃるのですね!そよと申します。私ともお友達になってくださいませんか?」

はじけるような笑顔を向けて、私にそう言った女の子には見覚えがあった。

(確か、将軍様の…妹君じゃ…)

「めめめめめめめ滅相もございません姫様!このような場所で何をなさっているのですか…?護衛は、護衛の方は?」
「ナマエ、そよちゃんはひとりの女の子として遊びに来てるだけアルよ、だから」
「今日は爺やの目を盗んで神楽ちゃんと遊んでいるんです。護衛も何も必要ないんですよ。だって、他の子達と同じようにお友達と遊んでいるだけなんですもの」

私のリアクションに少し寂しげな表情を浮かべた姫様と神楽ちゃん。申し訳ないことをしたな…と先ほどの自分の言動を反省する。

「そう、だよね。うん、私もお友達になりたいな」
「まあ!本当ですか!」

ひまわりのような笑顔につられて私も自然と笑みがこぼれた。愛らしい姫様だ。

「ところで二人はこんなところで何をしてたの?」
「これアル!」

神楽ちゃんが見せてくれたのは、姫様の生誕記念パーティーの案内だった。

「今日はこの案内を神楽ちゃん直接渡したくて。よろしければナマエさんも足を運んでくださいませんか?お友達ですもの、ね?」
「そうだね、行けるように職場に相談してみるよ」
「来てくれたら私とっても嬉しいです!」

可愛らしい二人の少女に見送られ、公園をあとにした。明日副長にシフトの相談をしてみよう。許してくれるかな。

帰り着いた頃には洗濯物はカラッと乾き、お布団もフカフカに仕上がっていた。

また明日から真選組の屯所で目まぐるしい毎日を過ごすと思うと、休日気分から一気に現実に引き戻され少しだけ虚しい。でも、通うことが苦にならない職場があるというのは有難いことだ。食堂に来て顔を綻ばせてくれる隊士たちを想像すると胸に火が灯ったように暖かな気持ちになるのだった。

翌日、出勤してすぐに副長を訪ね、次の日曜日に休みを貰えないかと相談をした。普段自分から休みを欲しがらない私のお願いが珍しかったのか、副長はすぐに了承してくれた。

「急だが何かあんのか?」
「そよ姫様の生誕記念パーティーに呼ばれまして」
「お前なんでそんなツテが」
「万事屋の神楽ちゃん経由です。恐れ多くも姫様のお友達という称号を頂きました」
「ほォ…ヘマすんなよ。首が飛ぶぜ」
「脅さないで下さいよ」
「まァ、そのパーティーなら俺らも警護で出るから心配いらねェだろ」
「そうなんですか?」
「俺らはお前と違って客じゃねェけどな。あくまで仕事だ」

上流階級の方のパーティーなんて未知の世界であるため、正直心細かったのだが、近くにこの人がいてくれるなら特に心配もいらないだろう。

きっと、私が今まで経験してきたお誕生日会とは何もかも違うのだろうが、せっかくできたお友達にプレゼントくらい渡したい。しかし、どんなプレゼントを渡したら喜んでもらえるのか頭をフル回転させても、庶民の私の頭では姫様が喜んでくれるものなんてわかるはずもなかった。

「副長、あの年頃の女の子が貰って嬉しいものってなんでしょうね」
「お前だって通ってきた道だろ。思い出せ」
「やだ、遠い昔のことだって知ってるくせに」

副長は私の発言にククと喉を鳴らして笑った。乙女心をわかってくれない副長に少しだけムスっとしながらもシフト変更を了承してくれたことにお礼を言い食堂に戻った。

バタバタと朝食を済ませ稽古に向かう隊士達を見送り片付けをしていると、朝食を終えて一度部屋に戻っていった副長が再びやってきた。

「どうしました?」
「ナマエ、見回り付き合え」
「見回りですか?どうして?」
「いいから早くしろ」

副長に急かされ、慌てて準備をすると気怠げに行くぞと言われその背を追った。見回りと言った割に同行の隊士などおらず、なぜか私と副長の二人きりだ。

「副長、何か用事でも?」
「週末まで時間ねェだろ」
「え?」
「そよ姫の誕生日だよ。城でのパーティーだぞ?普通の着物じゃダメだろ」
「そうですけど…でも今持ち合わせなんて」
「松平のとっつぁんも来るんだよ。嫁が貧相な格好して将軍家のパーティーに参加してたら俺が撃たれる。だから好きなの選べ。俺の体裁を保つ為だから金は気にすんなよ」
「でも、流石に悪いです」
「いいっつってんだろうが。それにお前の給料じゃ買えねェだろ。お前がいくら貰ってるかくらい知ってんだから」
「出た、個人情報流出」
「うだうだ言うなら素っ裸で連れてくぞテメェ」
「わかりました…選ばせていただきます」

副長に連れられやってきたのは、存在こそ知ってはいるものの足を踏み入れたことなど無い高級呉服店だった。美しい反物がたくさんあるが流石に今から仕立てて貰うには時間が足りないので、既製品の中から選ぶことにした。既製品とはいえ、やはりそれなりのお値段だ。

あれでもないこれでもないと、一生懸命着物を選ぶ。結局決められず、副長の意見も参考にしようと彼の方を振り返ると、副長がある一点を見つめていることに気づいた。

「副長?どうしました?」
「あァ…この着物、お前に似合いそうだと思って」

副長の視線の先には淡い桃色の綺麗な着物。副長が、私がこれを着ている姿を想像してくれたことが何より嬉しくて、すぐにそれに決めた。

「えらくご機嫌だな」
「素敵な着物だったので」
「いつも頑張ってるご褒美だよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「ついでにそよ姫のプレゼントでも見て行くか」
「付き合ってくれるんですか?」
「ついでだからな。仕方ねェ」
「ふふ、ありがとうございます」

なんだかデートみたいですね、なんて冗談を言うと副長は耳を赤くして「仕方なく付き合ってやってるって言ってんだろ」と言いながらタバコを口に咥えた。慌てていたせいか逆向きに咥えたタバコに火は付かず、逆向きだったことに気づいていなかった副長は湿気ってやがると文句を言いながら道端の吸殻入れにタバコを捨てた。

やがて目当ての小間物屋に辿り着き、私は姫様へのプレゼントを選ぶことにした。プレゼントを贈る相手が姫様であることを考えると、手に取った髪飾りも貧相な物に見えてこんなもの貰っても喜んで頂けないのではないか…などと考えてしまい、中々決まらない。副長を待たせるのも悪いしまた明日改めて買いに来ようかと思っていると、副長から声をかけられた。

「ほらよ、やる」
「なんですか?」
「これは俺がお前に似合いそうだと思ったから買った」
「え…嬉しいです」
「プレゼントなんてそんなものだろ?相手が喜ぶ顔を想像して買ったものを嫌がる奴なんていねェだろ。お前もそよ姫に贈りたいと思ったものを贈ればいいんじゃねェの?」

そうだ、私…。姫様の“お友達”として行くのに。高級かどうかなんて関係ないじゃないか。

副長にお礼を言い、姫様の溌剌とした笑顔によく似合いそうなひまわりをモチーフにした髪飾りをひとつ手に取った。

「副長今日はありがとうございました。デート楽しかったです」
「だからデートじゃねェ」
「良いんです、副長にそのつもりがなくても私は楽しかったから」
「…また気が向いたら付き合ってやらァ」
「楽しみにしてます」

再び耳を赤くした副長の半歩後ろを歩く。改めて、不器用なこの人のことがどうしようもなく愛しく思えた。

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