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30

「あら、油切らしてるみたい」とパートのおばちゃんに言われ、慌ててストック用の棚の中を覗いたがそこにはいつもあるはずのものがない。また沖田くんのイタズラか、それともタダの買い忘れか。どっちにしろ今日の夕食時には必要になるので急いで買いに行くことにした。

屯所に届くお中元やお歳暮の中身、お酒ばかりじゃなくてこういうものになればいいのにな…なんて思いながら前掛けを外して大江戸スーパーへ向かう。よりによってこんな重たいものを切らすなんて…。とりあえず今必要なぶんだけ買ってあとは車を出してもらえる日に買うことにしよう。

スーパーについてすぐに目的の油をカゴに二つ入れた。それだけ買うつもりだったのに、店内を回るとあれもこれもとつい買いすぎてしまった。誰かについてきてもらえばよかったかな…さすがに重たくて手が痺れてきたなと両手の買い物袋に目をやる。屯所までの残りの距離を想像して項垂れたところで足元にどんと衝撃を受け、両手がふさがっていた私はそのまま尻もちをついた。

「いたたた…」
「…痛ェ」
「あ、君大丈夫!?」

私にぶつかってきたのは小さな男の子だった。

「どこか痛めてない?大丈夫?」
「うるせェな、ガキじゃあるまいしこんくらいでピーピー泣かねェよ」

子どもらしくない子どもだ。生意気で、紫がかった黒髪はなんとなく…あの凶悪犯を彷彿とさせる。

「君、おうちの人は?」
「…」
「…迷子?」

…答えない様子からするとどうやら迷子らしい。どうしようか、とりあえず屯所に連れて帰ったほうがいいだろうか。両手に持っていた荷物をなんとか片手で握り、男の子に手を差し出す。ほら、というと渋々と言った様子で私の手を握り返した。

「ねえ、私ね、警察さんがいるところで働いてるから一緒に行こう。おうちの人見つけてもらうから」
「そんなのいい」
「どうして?」
「どうせ俺がいなくても平気だから」

困ったな。先ほど買った油がないと困るけどこの子のこと放っておけないし。おうちの人を探さなくていいという割にはとても寂しそうで、私の手をキュッと握ったままうつむく様子を無視できるわけがなかった。

とりあえず往来のど真ん中で立往生するわけにもいかず、男の子の手を引いて近くの団子屋の軒先の長椅子に腰を下ろした。子どもが好きそうな団子をいくつか注文し、待っている間に万事屋に電話をかけた。私が今持っている荷物を屯所に届けるだけの簡単な仕事の依頼だ。

「ねぇ、君、名前を教えて」
「真介」
「う、しんすけ、くんね…」

イヤでもチラつくあいつの顔をなんとか掻き消して話を続ける。年の頃は七つか八つ、多分そのくらい。着ている着物は上等そうだからそこそこお金持ちの家の子じゃないだろうか。こんなに小さな子がどうしてこんなに思い詰めた顔をしているのだろうか。

「真介くん、おうちの場所はわかるのよね?」
「なんとなく」
「…帰りたくないのね」
「……」
「じゃあ、少しだけお姉さんに付き合って」

お姉さんって年?と言われ、思わず手が出そうになったがギリギリのところで堪えた。憎まれ口を叩くところも見た目も全て、見れば見るほど極悪人になってしまった元彼のあいつと似ていて背筋が凍りそうだ。もしや晋助の子ど…だったら同じ名前はつけないか。

私に呼びつけられた銀時が同じことを考えたらしく「お前いつの間にあいつに種付けされてたわけ?」と下品なこと言ったので一発殴らせてもらった。子どもの前でなんてことを言うんだこいつは。

銀時に屯所に届けてもらう荷物を渡し、副長でも誰でもいいから状況を説明してくれるように頼んだ。そしてさりげなく、この真介くんの捜索依頼が出ていないかを確認してもらえるようにと。

事情があって家を飛び出してきたのだろうが、子どもがいなくなって心配しない親がいるわけない。きっとどこかで探しているはずだ。

銀時と別れてしばらく団子屋でお茶を啜った。何を話すわけでもないが真介くんはピッタリと私にくっついて座っている。やっぱり寂しいし不安なのだろう。

「ねえ、どうしておうち出てきちゃったの?」
「俺はもういらない子だから」
「なんでそう思ったの?」

結局そこから先は話してくれなかった。
店主に団子とお茶代を支払い、手を繋いで町を練り歩く。本当…嫌になるくらい似てるなぁ、晋助と。歩きながら真介くんは時折何かを興味深そうに見つめていた。決して声には出さないが、そういうことが何度もあって注意して見ていると、視線の先にあるのはいつも玩具屋のようだった。

「あそこ、見に行ってみる?」
「え?…別に行ってやってもいいけど」

上から目線は今更気にしないが、晋助と似てるところは本当にどうにかして欲しい。照れ屋で偏屈でわかりにくくて天邪鬼。

真介くんが見つめているのは赤ん坊用のおもちゃだ。この子に必要なものには思えないのだが、これが欲しいのだろうか。

「…買いたいの?」
「いや、別に」
「でもすごく欲しそうだよ」
「俺は使わないし」
「あげたい人がいるの?」
「…弟がいるんだ」
「まだ小さいのね」
「生まれて半年くらい」
「可愛いでしょ」
「まあ」

自分に弟が生まれたときのことを思い出す。あの頃は自分よりも小さな生き物が珍しくて常にくっついていたものだ。懐かしくて頬が緩むが、隣にいる真介くんはみるみるうちに目に涙を溜めて、ついにはそれがホロリと頬を伝って地面に落ちて行った。

「真介くん、なにがあったか教えてくれないかな」

私が彼の頭を撫でながらそういうと、少しずつ教えてくれた。弟が生まれたのは嬉しいけど、お父さんもお母さんも弟にかかりっきりで自分には構ってくれないと。自分が何か言うとすぐにお兄ちゃんなんだから我慢しなさいと言われると。可愛いはずの弟が憎くなって、そんな自分が悲しいと。

ひとりでいっぱい頑張ったんだね。でもね、お父さんもお母さんも絶対にあなたをいらない子だなんて思ってないよ。真介くんのことだって大切だと思ってるから心配しなくていい。今は手のかかる弟くんだからお父さんもお母さんもつきっきりだけど、真介くんにもそういう時期があったはずだよ。真介くんが赤ちゃんだったころは真介くんがお父さんとお母さんを独り占めしてたんだよ。

…そう言ってあげると、さっきまでの態度とは一変して子どもらしく大声をあげて泣き出したこの子が可愛くて。よしよしと抱きしめながら背中をさすると泣き声はもっともっと大きくなって。

我慢しなくていいんだよ、いっぱい頑張ったんだもん、お兄ちゃんはすごいね。

目を真っ赤に腫らした真介くんと手を繋いで屯所まで歩く。副長から連絡が入り、屯所に彼のご両親が迎えに来ているそうだ。

「真介…!」
「父上、母上…!」

ご両親は「無事で良かった」と繰り返し、涙を浮かべて真介くんを抱きしめていた。ほらね、あなたはいらない子なんかじゃなかったでしょう?ひとしきり涙を流した家族は丁寧にお礼を言って屯所を去っていった。たかが数時間一緒にいただけなのに、なんだかすごく寂しかった。

「ナマエ、おかえり」
「副長すみません、買い出し途中に勝手して」
「いや、立派な人助けだ。ご苦労さん」

副長は私に労いの言葉を掛け、そのまま屯所に入っていったが私はいつまでも真介くんの背を眺めていた。時折こちらを振り返って嬉しそうに手を振る彼が可愛くて可愛くて。

見えなくなるまでその背中を眺めて、見えなくなっても何となくその場に佇んだ。可愛かったなとか似てたなとか、もしあの時の別れがなくて今も一緒にいたとしたら…ああやって子どもを中心に並んで歩いてたのかなとか。まあ、ありえないんだけど。

「ナマエ?冷えるぞ」

一度屯所に入って行った副長がいつまでも戻らない私の様子を見に来てくれた。

「どうした?」
「子どもって可愛いなって、あんな小さい体でいっぱい悩んでてすごいなって思って」
「そうだな」
「愛されてるか不安になるのは、大人も子どもも一緒なんですね」

いつかこの人と、あんな風に並んで歩けるのかな。
そんな未来はあり得るのだろうか、なんてね、副長。

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