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28

副長が真選組に戻り、山崎さんの訃報も誤報だったことがわかり、時間はかかったがようやく屯所に日常が戻った。組まれたシフト通りに出勤し、毎日食堂で隊士全員分の食事を用意する私の日常にも特に変わりはない。しかし、落ち着いたと思えばイレギュラーが起こるのが人生というもので。休憩中に母から届いたメールに頭を悩ませながらその日の仕事を終えた。

「ナマエさん上がりですか?お疲れ様でーす」

ボーッと母からのメールについて考えていると、隊士から声をかけられハッとして意識を現実に引き戻し、慌ててお疲れ様ですと返事をした。"今度親戚の結婚式で江戸に行くことになりました。都合がつくようなら食事でもしましょう。土方さんも一緒に"

もうすでに私が副長の嫁のふりをする必要はないのだが、勘違いをしたままの母がいる為に副長には私の旦那のふりを続けてもらっている。母が江戸に出てくる機会など滅多にないことなのに、断るのはおかしいだろうか。副長に伝えれば無理をしてでも付き合ってくれるだろうが…あんなことがあったばかりであの人も忙しいのに私の勝手な用事に付き合わせてしまうのは申し訳ない。

「んー…」

帰り支度を済ませ携帯の液晶を見つめながら廊下を歩いていると「危ねェぞ」と後ろから声をかけられ体がビクッと跳ねた。

「ひゃっ!お、お疲れ様です」
「携帯なんか眺めたまま歩くな、危ないだろ」
「すみません」
「また悩みごとか?」

風呂上がりらしい副長は濡れた髪の毛をそのままに、着流しを随分と無防備に身につけていた。

「ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ」
「また人の心配か。んなこたいいから、お前は何に悩んでんの」
「あ、いや母がですね」
「具合でも悪ィのか…?」
「いえ、今度親戚の結婚式で江戸に出てくるから副長も一緒にご飯でもどうかって言われてるんですけど…」
「いつ?」
「二週間後の日曜日なんですけど…副長はお忙しいでしょうから私だけ行ってきます」
「いや、いいぞ。行く」
「へ?」
「お前の母ちゃんにはまだ偽装のこと言ってねェし、変にバレてまた見合い話きても困るだろ」

そうなのだが…いいのだろうか。元々見合い話を断るために始めた偽装だから、母にバレてしまえば元も子もないのは確かだが…というか、この人はどうして私なんかのためにここまで?

「忙しいんじゃないですか?あんなことあったばかりだし…」
「正確に言えばあんなことがあったばかりだから、だな」
「え?何故です?」
「…お前をまた危険な目に遭わせちまったからな、せめてもの罪滅ぼしというかなんというか」

そっぽを向いて頬を掻くのは照れ隠し。
赤くなった耳がなんとも可愛らしくて、やっぱり好きなんだなと思う。

「ありがとうございます、母にも伝えておきます」
「お、おお」
「じゃあ上がりますね」
「送ろうか」
「いえ、大丈夫です。副長こそお疲れでしょうから早く休んでくださいね」
「ああ、気ィつけて帰れ」

せっかく送ろうかと言ってくれた副長の好意を自分から断っておいて、このまま素直に帰るのはなんだか寂しいなんてわがままだろうか。チラッと副長の方を振り返って見ると、同じタイミングで副長も振り返っていたらしく視線が交わる。それがなんだか気恥ずかしくて少々どもりながら「おやすみなさい」と必死に言葉を紡いだ。

それから振り返ることなく屯所を後にした私はその足で万事屋へ向かっていた。途中で寄った二十四時間営業のスーパーで手土産にお酒と甘いものと酢昆布を買い込んで。

「こんばんは〜」
「ナマエ!やっときたアル!」

神楽ちゃんからの熱烈な歓迎を受け、万事屋に入ると既に入浴を済ませたであろう甚平姿の銀時がテレビを見ながらビールを飲んでいた。

「はい、お土産」
「おお、サンキュー。神楽がお前と風呂入るって聞かねェんだ。沸いてるからさっさと行ってこい」

今日は万事屋へ泊まることになっている。先日銀時に助けてもらった礼をしたいと言うと「それなら神楽がお前とお泊まりしたいって言ってるから、一日一緒に居てやってくれ」と言われたのだ。明日は休みなのでここで目一杯朝寝坊をしても良いだろうと思い二つ返事で銀時の提案を受け入れた。

「神楽ちゃん楽しそうね」
「ナマエはマミーみたいアルからな」
「お母さん?どんな人?」
「んー、私に似てとっても美人ネ。そんでもって超優しいアル。何であんなハゲと結婚したかわかんないヨ」
「神楽ちゃんのお父さんって星海坊主さんだったっけ、風の噂で聞いたけど」
「そうアル。全然似てないけどナ。私は100パーセントマミーの血ネ」

ふて腐れたように口を尖らせた神楽ちゃんの表情はあどけなさが残っていて可愛い。母と呼ばれるほど年は離れていないだろうが…美人なお母さんなら良しとしよう。

「ナマエは何で銀ちゃんと仲良いアル?」
「腐れ縁だよ、攘夷戦争時代からの昔馴染み」
「そんな昔からアルか」
「不思議よ、戦争が終わってずっと会ってなかったのに…再会してからしょっちゅう顔合わせちゃう」

なんて、昔話や家族の話などしていると神楽ちゃんが逆上せてしまったので、慌ててお風呂から出た。準備してきた寝巻きに着替えて銀時がいる部屋に戻ると、先ほどお土産と言って渡した酒も菓子も殆ど無くなっていた。

「うう…逆上せたアル…」
「神楽ちゃん、ここおいで。銀時冷たい飲み物ある?」
「酒?」
「バカ、神楽ちゃんの分よ」

逆上せた神楽ちゃんを膝に寝かせ、うちわで扇ぐと「本当にマミーみたいネ」と嬉しそうに笑っていた。

「お前いつの間にこんなデケェ子供産んだの」
「さぁ?少なくともあのバカの子供産んだ記憶はないけどね」
「あんな凶悪犯のガキなんて生まれた時点で犯罪者だよ」
「そういえばナマエの元カレって誰アルか?私も知ってる?」
「あ?高杉」
「ちょっと!」
「マジでか」

中々他人に言えないような秘密をサラッと言った銀時に驚いたが、それを聞いてさして驚いていない神楽ちゃんにも驚いた。

「驚かないの?」
「中々こんな肝っ玉姉ちゃんいないアルヨ。あの高杉が相手なら納得ネ。銀ちゃんの昔馴染みって時点で察しはついてたアル。むしろヅラじゃなくてよかったネ」
「ってことはもしかしてあの人達にもバレてる?」
「そもそもあいつらは俺が元攘夷志士ってこと知らねェだろ」
「そっか」

なんてお気楽な会話だろう。
もし警察関係者に聞かれていたら私も銀時も揃って投獄されるかもしれないほど危険な内容なのに、ここには微塵もそんな空気はなく、明日の朝飯何にするか?ぐらいどうでもよさげなトーンで話は進んでいた。

神楽ちゃんの頭を膝に乗せたまま適当な会話をしているとスースーと穏やかな寝息が聞こえてきた。銀時に目配せすると、仕方ねェなァと言いながら神楽ちゃんを軽々と抱き上げ寝室に連れて行った。

「神楽ちゃんの寝るところって押入れじゃなかったの?」
「押入れだとお前と一緒に寝られねェからつって、俺の布団の横に自分の布団並べてたぜ。今日は三人川の字で寝るんだと」
「可愛いね、神楽ちゃん」
「親子ってもんに憧れてるんじゃね?母ちゃんとは死別してておっさんも宇宙飛び回ってるから中々会えねェし」
「死別だったんだ…。でも銀時だって立派な親代わりじゃない」
「やだね、あんな娘いたら食費がいくらあっても足りねェわ」

なんて憎まれ口叩きながら満更でもないような顔をしてビールを煽る銀時は、あの頃と何も変わらず優しい。

「明日休みなんだよな?」
「うん。銀時は?」
「特に依頼はねェな。おかげで素寒貧だ」
「真選組から報酬入ったんじゃないの?」
「そんなもん家賃としてすでに没収されてるっつーの。あの腐れババアめ」
「そういえば下のお登勢さんと銀時ってどういう関係なの?」
「話せば長くなるけどなァ…戦争が終わってそれから……」

その日私と銀時は、隣の部屋で眠る神楽ちゃんを起こしてしまわないように小さな声で昔話に花を咲かせながら晩酌を楽しみ、神楽ちゃんの希望を叶える為に三人でも川の字で眠ったのだった。

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