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翌朝、いつも通りに屯所内は動いていた。局長も副長も沖田くんも、何事も無かったかのようにいつも通りに仕事をしている。つらい出来事から目を背けるように、思い出さない様に仕事に没頭しているようだった。

昼時になり、いつものように賑わう食堂ではあったが、副長の姿は見えない。隊士に聞いてみると自室にこもりっぱなしで仕事をしているらしい。沢山怪我をしているのにいくらなんでもご飯まで抜くのは良くないと、副長の元へ昼食を運ぶことにした。

「副長、入りますね」

部屋に入ると副長は机に突っ伏していた。表情は決して穏やかではなく、眉間にシワを寄せている。
湧き上がる切ない気持ちを仕舞い込み、労わるようにそっと副長の顔に手を寄せた。

「副長…、あまり一人で背負い込まないで下さいね、私がいますから」
「…………………」

音を立てないように机にお盆を置き、私はそのまま副長の部屋をあとにした。

「あ、姐さん」

食堂に戻る途中、沖田くんに声をかけられ振り向くと、ちょいちょいと手招きをされ今度は彼の部屋に寄ることに。

「姉上の件、心配かけちまってすいやせんでした」
「ううん、何も知らなくてごめんね」
「あんたが居てくれて救われやした。あんたあの人のこと好いてるみたいだから話しとかなきゃいけねェと思って」
「好いてる?私が副長を?やめてよ」
「姐さんの気持ちが嘘か本当かは置いといて、気づいてるかと思いやすが姉上とあの人は想い合ってたのは確かなんでさァ」

私の予測でしかなかった二人の関係性について、断言されるとつらいものがある。

「あの人は…土方さんはこういう仕事をしている自分だから、いつ死ぬかわからねェ身で誰かを幸せになんて出来ないって、姉上を振ったんでさァ」
「…そう」

「今回の結婚についても色々ありやしてね、姉上が結婚しようとしてたのが攘夷浪士相手に商売してる武器商人で、真選組の親類縁者を抱き込んでしまえば商売がうまく行くと、姉上を利用したんでさァ。土方さんはそれに気づいてた。でも真選組内にそれが知れれば俺の居場所が無くなると思って一人で組織潰しに行ってあのザマでさァ。…全く不器用な人でィ」

「…優しいのかなんなのか、ね」

「昔、想い合ってたってだけで今は知りやせん。俺にはあの人が昔姉上に向けてた目と、今姐さんに向けてる目が同じに見えるんでさァ。ま、あんたにだって事情も選択権もあるわけだしとやかく言うつもりはねェが…もう“姉上”が泣く姿は見たくないんで、つらくなるんだったらやめとけって言いたくてねィ」

沖田くんなりに私を心配してくれているのだと知った。副長よりも十歳近く若いのに…この子は背伸びしすぎだ。

「沖田くん」
「ん?」
「ちょっと失礼、」
「うわ!何するんでィ!!」

私は沖田くんを思いっきり抱きしめた。暴言を吐いてはいるが振りほどく気はないようで、そんな可愛らしい様子に笑いが溢れる。

「沖田くん、私ミツバさんみたいにあんな素敵な女性じゃないけど…私は君のこと弟みたいに思ってる。いつでも心配してる。局長や副長には心配かけたくなくて言えないこともあるだろうけど、私の前ではそんなプライド捨てていいからね。ただの年相応の男の子でいてほしい」
「年相応の男なんて猿同然ですぜィ?」

沖田くんはニヤっと笑って、あろうことか私の胸を揉んだ。

「こんな胸じゃ勃つもの勃たないけどねィ」
「ちょっと何すんの!!!」
「おっと、逃げるが勝ちだねこりゃ」
「待ちなさいこの悪ガキ!もう!」

この時、部屋を飛び出していった沖田くんを追い回す私を、局長と副長が二人で見ていたなんて私は知らなかった。

「お、トシ。飯食ったか」
「ナマエが部屋に置いてった。全く…人の心配ばっかりしやがって」
「ナマエくんはスゴイな。総悟が楽しそうに笑ってやがる」
「あいつにとっては姉代わりだろ」
「お前にとっては?」
「真選組の…俺たちの、女中だな」

こんな寂しい会話がなされていたことも。

「あいつにはただの女中でいてもらわねェと…今回みたいな輩が出てきちゃ困るからな」
「お前も大概心配性だな。お前が守ってやりゃいいだけじゃねェの?」
「簡単にそれができたら苦労はしねェさ」
「…そうだな」

私に自分の身を守れるくらいの力があれば、副長に余計な心配をかけなくて済むのに。

−−そしてまた次の日。

「残したら切腹ですからね」
「いただきまーす」

今日も早朝から隊士たちは元気だ。中にはまだ寝ぼけ眼の隊士たちもちらほらいるが、とりあえずご飯の時間は楽しみにしてくれているようで安心している。

きっとここにいる限り、人の死というものは普通に暮らしているよりも身近にあるもので、いちいち悲しんでいられないのかもしれない。

「姐さん、おはようごぜェやす」
「沖田くんおはよう」

この子も、いつも通りだ。

「姐さん、今日ちょっと俺に付き合ってくれやせんか?」
「どこかに行くの?それなら昼の準備終わらせてからでもいい?」
「土方さんから許可は貰ってるんで、今日はこれから非番ってことで」
「え?そうなの?」

黙々とマヨネーズまみれの朝食を口に運んでいる副長を見やれば、別段こちらを気にする様子もないため許可が下りているというのは本当なのだろう。

「着替えしてきて下せェ。今日は俺とデート、でさァ」
「それは楽しみ」

前掛けを外し、身支度を整えて外に出ると隊服ではなく着物を着た沖田くんがいた。どこに行くのかもわからないまま、他愛ない話をしてゆっくりと歩く。こんな時間が彼にとって少しでも心休まる時間になれば、そう思った。

「げ、チャイナ娘」
「あ、クソサド野郎!と…何でナマエが一緒アルか?」
「神楽ちゃんおはよう。私真選組で働いてるんだよ。銀時から聞いてない?」
「ナマエのことは元カノだって言ってたアル」
「そうなの?あとで殴りに行こうかな」
「万事屋の旦那ってあんたのこと好きなんじゃねェんですかィ?」
「いやいやいや、ないでしょ」
「あんたも大概鈍いんですねィ」
「ああ、あれは銀ちゃん完全にナマエのこと好きアルよ」
「ああ、間違いねェ」
「そうなの?」

銀時に限ってそんなことはないのだろうが、沖田くんと神楽ちゃんが楽しそうなのでそっとしておくことに。暫く色恋談義に花を咲かせたあと、神楽ちゃんと別れ沖田くんとのデートを再開させた。

「姐さんって好きなものとかないんですかィ?」
「好き嫌いは特にないかな〜。甘いものは好きよ、沖田くんと一緒。あとマヨネーズはあんまり好きじゃない。というかマヨネーズに恨みはないんだけど…あれだけ毎日マヨネーズ見てたら嫌いになる」
「違いねェや。しかし食の好みが違うと長続きしやせんぜ?あの人からマヨネーズを奪うか、姐さんが好きになるかどっちかだねィ」
「なにを言ってるの。私たち別に付き合ってるわけでもないんだし…」
「そう思ってるのは本人達だけでィ。周りはそんな風には思ってないですぜィ」

また、私をからかうように楽しそうに笑う沖田くん。沖田くんの気晴らしになればと誘いを受けたのに、この子は私を気遣ってくれているらしい。

「沖田くん、なんか欲しいものある?デートの記念になんか買って帰ろうか」
「それはデートに誘った男のセリフでさァ」

沖田くんに今日のお礼のつもりで提案をすれば、それはあえなく却下されてしまい、結局私がプレゼントを贈られる側になってしまった。

「良いの?こんなに素敵なもの貰っちゃって」
「言ったじゃねェか、デートの記念にプレゼントを贈るのは男の仕事でさァ」
「私もなにか沖田くんにお返ししたいんだけど」
「そうだなァ…それじゃ、これから一週間晩酌に付き合って下せェ」
「そんなのでいいの?っていうか君未成年だよね」
「でも屯所で晩酌なんかさせて帰したら旦那に睨まれそうだねィ。三時のおやつにしやしょう」
「そうね、三時のおやつなら毎日付き合えるよね」
「決まりでィ」

嬉しそうに笑う沖田くんの頭を撫でてあげたい衝動に駆られたが嫌がられるのは目に見えていたので腕を組むと、こりゃ浮気ですかィ?と楽しそうに笑っていたので弟とのスキンシップよ、と答えておいた。口を尖らせ誰があんたの弟でィと照れ笑いを浮かべる彼は紛うことなく十八歳の少年で、とても愛らしい。

「沖田くん、またデートに誘ってね」
「土方さんにでも言ってみたらどうですかィ」

大人をからかう時の表情は悪戯っ子のようだった。

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