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22

「おはようございます。近藤さん、いますか?」

朝、それはそれはとても麗しい女性に話しかけられ、私は硬直してしまった。どこか儚げではあるが華があり美しい女性。

誰かに似てる、そう思いながら急いで客間にお通しし、局長を呼んだ。

「局長、なんだかすごく美しい方が局長を探してました。客間でお待ちいただいていますので」
「おお、ミツバ殿か。すぐに行く」

ミツバ殿…?初めて聞く名前ではあったが誰かに聞いて確かめるわけにもいかず、お客様に茶を用意するために食堂に向かった。

局長とお客様のお茶を用意し、再び客間を訪れると何だか恐ろしい光景が飛び込んできた。あの沖田くんが手懐けられている…?この女性は何者なんだ、と思ったところで既視感に気づき納得。ああ、沖田くんのお姉さんか…。

(ということは、副長の、)

切ない気持ちをひた隠し、何とかお茶を差し出す。すぐに踵を返して食堂に戻りたかったが、沖田くんに腕を掴まれたことによりそれは叶わなかった。

「姉上、ここの女中のナマエさんです。とにかく作る飯が美味いんでさァ」
「あら、あなたがナマエさん?総ちゃんからの手紙に度々名前が載ってるから会ってみたかったんです。いつも弟がご迷惑をおかけしていませんか?」
「いえ…。あの、沖田くんにはいつも助けて頂いてます。ご飯もきちんと残さず食べてくれるし、ね?」
「あんたの飯は特別でィ」
「総ちゃんって意外と気難しいところがあるんですよ。食事も好き嫌いがはっきりしてて。ちゃんと食べてるか不安だったんですけど、ナマエさんの料理は特別みたいですね」
「身にあまる光栄です…。あの、武州から出ていらしたんですよね?副長にはお会いになったんですか?」
「あの人は朝から仕事でどっかに行ってまさァ。せっかく昔馴染みが上京してきたっていうのに薄情な人でさァ」

正直ホッとした。焼け木杭に火が…なんて、そんなこともあるのではないかと思っていたからだ。

しかし私のそんな心配をよそに、驚きの話題が飛び込んでくる。なんとミツバさんが上京してきたのは、結婚の挨拶の為だと言うのだ。先ほど副長の所在を聞いた時の彼女の切なそうな表情を見れば…二人が想い合っていることは確かなはずなのに。

−−私が暫く席を外している間に沖田くん達は姉弟水入らずで出掛けたらしく、局長が空になった湯飲みを下げてきてくれた。

「すみません、取りに行くタイミングがわからなくて」
「かまわんよ。しかし珍しいものを見ただろう。総悟があんな年相応の顔をするのはミツバ殿の前だけだから。最近では君の前でも見せる顔みたいだが」
「少しだけ、姉上に似てると言われました。私もやんちゃな弟が出来たようで嬉しいんです」
「わかるような気がするなァ。あいつは大人に囲まれて背伸びしすぎているからな。あんな顔が屯所で見られて俺もトシもホッとしているのさ」
「その副長なんですけど…いいんですか?ミツバさん結婚するって、」
「ん?ああ…あいつも不器用なやつだからなァ…。あいつなりの守り方の結果なんじゃないか?」
「そうですか…」

想い人の想い人は違う誰かと結婚するらしい。色んな感情が交錯するこの屯所で、妙な胸騒ぎを覚えるのだった。

その日の夜、食堂に隊士の姿はなく、余った大量の料理をどうしようかと頭を悩ませることになった。

「ナマエちゃん、何か聞いてる?こんなこと滅多にないからどうしたもんかね」
「とりあえず、いつ誰が食事をしに来てもいいように私残りますよ。余ったら明日の朝食に回しますので」
「私たち帰っても平気かい?」
「うん、任せて下さい」
「ナマエちゃんも目処が立ったらしっかり休みなよ」
「ありがとうございます。お疲れ様です」

パートの女中さん達を見送った後、暫く厨房で様子を見ていたが誰かが来る様子もなかった為、火を切り厨房を出た。
食堂内の席に腰掛けて目を閉じていると眠ってしまっていたようで、再び目を開けた時には日付が変わっていた。

おかしい。いくらなんでも普通じゃない。食事が不要になるくらいの事態であれば副長から連絡のひとつくらいくるはずだし、副長からでなくても誰かしらが何か伝えてくれるだろうに…。

何かが起こっているに違いない。
きっと良くない何かが。

それから更に数時間経った頃、屯所が急に騒がしくなった。バタバタと廊下を歩く隊士達。でも、誰一人として食堂に入ってくる気配は無かった。きっと何か事件があったんだ…。けが人はいないのだろうかと心配になり食堂から顔を出すと、憔悴した様子の沖田くんと出くわした。大きな怪我をしているような様子はないが、ひどく憔悴している。どうしても放っておけなくて控えめに袖を引くと、沖田くんはそのままふらりと私に寄りかかり胸に顔を埋めた。

「沖田くん…?何かあったの?」

まるで子どもをあやすように背中をゆっくり撫でながら問うと、彼は重々しく口を開いた。

「姉上が、旅立ちやした」

本当にそれだけ。
沖田くんはそれだけ言うと静かに肩を揺らした。

私は今朝会ったばかりの彼のお姉さんのことはよく知らない。でもここにいる沖田くんは…私がここに勤め出してからずっと一緒にいる人で、私を姉と慕ってくれる人だ。彼の心を思うと胸が張り裂けそうだった。

「沖田くん、私しかいないよ」

思いっきり泣いていいんだよ、
そういう意味を込めて綺麗な亜麻色の髪を撫でると嗚咽が少しだけ大きくなった。どうか、私の存在が彼の拠り所となれますように。そう願わずにはいられなかった。

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