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16

目を覚ますと、自宅ではないどこかの天井が目に入った。殴られた頭はズキズキと痛むし状況はわからないし色々と最悪だ。恐らく殴られた際に血を流したのだろう、貧血を起こしているようでクラクラする。

(あの女思いっきり殴りやがった)

昼間の出来事を思い出すとイライラして余計に気分が悪くなった。殴りつけて気を失わせたくせにご丁寧に傷の処置が施してある。私と副長を別れさせたいならいっそのこと殺してしまえばいいのに…。第一付き合ってもないのだが。

「よォ、気分はどうだ」
「最悪よ。もうちょっとマシな再会できないの?」

目の前に現れた晋助を見て、これ以上悪いことは起こらないだろうと思いながらため息をついた。

「何で私が殴られた挙句こんなわけわからないとこ連れて来られなきゃならないの」
「処置してやったんだからんな怒るんじゃねェよ」

何を間違えたらこうなったのだろう。副長と偽装結婚したこと?真選組で働き始めたこと?もっと遡れば、晋助と出会ってしまったところから間違いだったのかも知れない。

「怒る気力もないからちゃんと教えて」
「あの女がお前のことを探り倒して俺らが昔付き合ってたって情報に辿り着いてなァ。交換条件を出してきやがったんだよ。お互いを利用してお前らを別れさせるってな。俺とお前のことが露呈すれば真選組は混乱し俺が幕府を潰す為の足掛かりになるんじゃねェのかとな。勿論そんな簡単なことじゃねェのはわかってるさ…俺が話に乗ったのはただの暇つぶし、と言うべきか」
「暇つぶしの為にこんなことされてたら体が持たないわよ」
「お前に傷を付けられたのは計算外だ」

貧血のせいで思いの外体が重くて動けずにいた私に、晋助は全く遠慮することもなく近づいて来る。まるで会えなかった十年など無かったかのように。

「俺ァ…あの時お前を置いていったことを後悔してる。どうだ、これを機に俺の元へこねェか」
「…私だって、あの時晋助を一人にしちゃったこと後悔してる。あの時私が一緒にいたら晋助はこんなことしなかった?」
「そんな簡単なものじゃねェことくらい、お前にもわかるだろ。だがお前がそこまで俺と一緒にいたいっつーならお前を嫁に貰ってやるよ」
「バカ、本当バカ。今更なによ」
「んだよ、お前本気であの男に惚れてんのか?俺の手で殺してやろうか」
「そういうところがバカって言ってんの!だったらどうしてあの時無理やりにでも連れて行ってくれなかったの…!」
「……」
「ここがどこか教えて、みんな心配してるから帰らなきゃ」
「…真選組の連中がか?攘夷志士と関係のあるお前を心配するだと?バカらしい」
「それでもいい。それなら私は真選組を去るだけだから」

きっとみんな心配はしてくれるだろうけど、無理に連れ戻そうとはしないだろう。

「ところであの人は?幕府の重役の娘なんでしょう?」
「ん?あァ…お前とあの男の関係よりも、自分の存在の方が脅しに効くことに気づいてないバカ女か。あいつのことは利用させて貰うさ。俺の忠告を聞かずにお前に傷をつけた罪も償って貰わなきゃなァ」
「そんなのいいよ。あの記事が出回らないようにしてくれたらそれだけでいい。ね?」
「俺がお前の要求ばかり聞くとでも?」

晋助はニヤリと笑って、私の首筋に手を添えるとそのまま唇を奪った。もう何年ぶりかもわからない口付けは無機質な部屋で、なんのムードもないタイミングで。

「ひとつ良いこと教えてやる。今帰るのは危険だぜ?辻斬りが横行しててなァ…やってんのは鬼兵隊のやつさ。ただの辻斬りじゃねェ。奴が使ってるのは人工知能を搭載した刀で、強いヤツを斬ることによって成長する刀だ。あのバカはヅラを斬ったそうだぜ?お前の旦那役も斬られるのがオチさ。江戸は壊滅する」

まさか、そんな。

「壊滅するだけの江戸に戻るか、俺と来るか。どうする?」
「晋助、私は戻りたい」
「父親似の頑固頭はまだ健在か。わかったよ、俺も今回この件で真選組と面倒事を起こす気はねェ。巻き込まれる前にさっさと帰るこったな」
「帰るってここどこなの?」
「さァな。まァ…また折を見て迎えに来るさ。よく考えておけ」

晋助はもう一度私に唇を寄せるとそのまま去っていった。

「そんな寂しそうな顔しないでよ…私にはもう救えないんでしょう?」

ねえ、晋助。本当は連れ去って欲しかった。いっそ、誰もいないところへ。





ナマエが屯所から姿を消して丸一日が経った。あいつの家に駆けつけた時、建物の間の狭い路地に大量の血が流れていたのを見て文字通り血の気が引いた。何かに巻き込まれているに違いない、どうしてあの時俺はそばにいなかったのだろう、と。

辻斬り事件が相次ぎ、高杉がこれを手引きしている可能性も浮上している時だった。真選組の立場とすれば女中一人のために人員を割くことは難しいことではあるが、それとこれとは別だ。

山崎に当たらせていた記者の方はすぐにわかった。そしてネタを持ち込んだヤツのことも。ナマエが受けていた嫌がらせも全てあの女のせいだったんだろう。今現在女がどこにいるのかわかってはいないが、あの女がナマエを呼び出し事件に巻き込んだのは明白だった。

「結局土方さんの女のせいじゃねェか」
「どこが俺の女だよ。チクショー…もっと危険視しておくべきだった」
「姐さんに何かあったら俺ァあんたを許しませんぜィ、土方さん」
「…わかってる」

ナマエは、総悟が心を開いている数少ない人物だ。屯所の連中もよく懐き慕っている。いくら攘夷志士との噂があろうが…真選組には必要な人物だ。

それから暫くナマエを探して車を走らせていると、ひどく慌てた山崎の声で無線が入った。なんでも俺に見合いを依頼したあの女と記事を書いたやつが死んでいるというのである。…死人に口無し、文字通り情報は断たれたのである。

「誰と繋がってたんだか。こりゃとんでもねェ大物を取り逃がしたことになりそうですねィ」
「あァ」

恐らく、あの女を殺したのは…ナマエと繋がりのあるとされる攘夷志士だろう。ナマエを守る為なのか、それともただ自分の名前が出ることが気に食わなかったのか。

「どちらにせよ、厄介だな」

ナマエが見つからない今、手掛かりは何一つない。

暫くすると今度は近藤さんから無線が入り、ナマエを見つけたという。頭に傷をおっているので一先ず病院に連れて行くということだったので、俺と総悟も大江戸病院に急行した。

「ナマエ…!大丈夫か!」

ベッドに顔面蒼白で横たわっているナマエに駆け寄ろうとすると、俺よりも先に総悟がナマエの元に辿り着いた。心配そうに顔を見つめそっとナマエの手を握る総悟。こんなに不安そうな顔は見たことがなく、ひどく驚いた。

「姐さん…大丈夫ですかィ?」
「うん。血を流しすぎて貧血を起こしてるみたいだけど、それ以外平気」
「誰にやられた?」
「あの…副長とお見合いしたあの女性です。週刊誌にネタを売ったのも彼女でした。あの人今どこにいますか?」
「死んだよ。記者と一緒にバッサリと」
「……そう、ですか」

ナマエは、犯人に思い当たる節があるような顔をした。でも俺らは何も聞かなかった。こいつはありもしないデタラメな記事に踊らされて巻き込まれただけの、真選組で女中をしているだけの一般市民だ。そう思い込んで知らないふりをする方法しか思い浮かばなかったのである。

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