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「はぁ、また?」

翌日、仕事が終わって帰るとまたもやポストがゴミ箱と化していた。ご丁寧に晋助の顔がデカデカと印刷された手配書に始まり、昨日と同じような無地の紙の数々。悪趣味にも程があるでしょ…全く暇なやつもいるもんだと溜まりに溜まった紙のゴミを取り出していると、手のひらに痛みが走る。

「っ!!…なにこれ、」

よく見ると無造作に入れられた紙の中にカッターの刃らしきものがついた紙が一枚。思い浮かべていた犯人像が一気に消え冷や汗が出た。

(いくらなんでもこれは子どものイタズラではないよね)

血が滴る手をなんとかハンカチで押さえながら自宅で応急処置を施した。利き手がこれじゃ仕事は難しいかな…どうしよう。副長に相談、いやいやこんな夜遅くにシフト変更で悩ませるわけにもいかないし…。包丁は握れなくても火を通すくらいはできるし問題ないかな。

いくら度が過ぎていても子供のイタズラ程度なら良いのに、そう思いながら目を閉じた。しかし目を閉じたところで傷がジクジクと痛み、得体の知れない恐怖から一睡もすることは出来ぬまま朝を迎えた。

「おう、どうした?クマひでェぞ」
「ちょっと…眠れなくて」
「ん?お前その手どうした」

ついてない、そう思った。屯所について早々、真っ先に会うのが副長だなんて。

「見せてみろ」
「大丈夫ですから」
「そんなんじゃ仕事になんねェだろうが」
「出来ることだけします、大丈夫ですから、ね?」
「んなこと言ったって、お前ができない分をフォローする誰かが必要だろ。たまには休んだっていいから、まずはその手を治せ」
「…ご迷惑をおかけします」
「いつもやることやってんだ。他の女中もお前がちょっと休むくらい文句言わねェよ」

副長の気遣いに、感謝の気持ちと申し訳なさが半々くらいに沸いた。とりあえず手を見せろと、副長は半ば無理やり私の腕を掴んで自室へと向かった。ガーゼを当てて軽く巻いただけの包帯を奪われ、傷が露わになった。

「…どうした、コレ。刃物でも握りしめたのか」
「ポストに入ってた紙を取ろうと思って握ったら、カッターの刃みたいなのがついてて」
「は?お前誰かから恨まれるようなことしたのか?子どものイタズラじゃねェだろうし」
「やっぱそうですよね…私何かしたかな」

傷の具合が良くなるまで休めと言われた私は、他の女中さん達に事情を説明して休ませてもらう事にした。またあのポストに何か入っているのだろうか。そう思うと家までの道程が憂鬱なものに変わった。

あれから数日、ようやく手の傷も治りかけたころ、鳴りを潜めていた何者かが再び動き出した。ポストを開けると一枚の封筒。恐る恐る中を覗けば私の写真。まさかストーカー?いやでも、私そんな厄介な人と付き合っ……てたかぁ…と指名手配犯の元彼を思い出して落胆した。でも晋助ならこんなことしない。多分晋助ならこんな回りくどいことせずに直接会いに来て刀を突きつけるなり何なりするだろう。

次の日も次の日も写真は届く。
毎日毎日その日の私を撮った写真が。

もうこれは警察というか職場に届けるべきか。でもこれだけじゃ証拠不足?でも副長なら…助けてくれるかな。

「また眠れなかった…」

日に日に増していく恐怖に、眠れない日々が続いていた。次第に目の下のクマは酷くなる一方だし、睡眠不足からか頭が働かずボーッとしてしまうこともしばしば。いつもからかいに来る沖田くんにまで心配される始末だ。

「姐さん何かあったんですかィ?土方さんに言えねェってんなら俺が聞きやすぜィ」
「ありがとう沖田くん…少し頼ってもいい?」

沖田くんが暇してるという訳ではないが、夜中まで書類整理に追われる副長に話すよりも心苦しくない気がして、悩みの種を打ち明けた。

「この間手を怪我してたのはそれが原因ですかィ?」
「うん」
「で、そのストーカー紛いの封書は?」
「もうかれこれ十日以上…これがその写真。私、そんなストーカーしそうな人と付き合った覚えもないし恨まれるようなことした記憶もないんだよね」
「ストーカーなんてものは、ちょっとしたきっかけで生まれるもんでィ。姐さんが気にしてなくても道の往来ですれ違っただけであんたを良いなと思って見てるヤツだっているかも知れないんでさァ」
「本当?私って罪な女」
「調子に乗るんじゃねェや。可能性の話をしただけでさァ。ところでこれ、」

沖田くんはいくつかの写真を指差しながら、何かに気づいたように口を開いた。

「全部見切れてはいるが…一緒に写ってるの土方さんじゃないんですかィ?」
「あ、言われてみれば」
「あの人に惚れてる女なんてそこら中にいるからねィ…あんたその中の誰かに恨まれてるんじゃねーの」
「ええええ…私何も悪くないじゃん…」
「だから旦那役は俺にしろって言ったんでィ」
「いや、それは私が副長に頼まれて嫁のフリをしているせいであって、旦那役が誰だろうと関係なくない?っていうか沖田くんに旦那役してもらったらもっと恨まれそう」
「俺はそんな気持ちの悪い女に引っかかったりしやせんぜ」
「副長と似たようなこと言ってる」
「うわ、最悪」

本気で嫌そうな顔をする沖田くんを見ると少しだけ気が紛れた。

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