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「姐さん、昨日はアレありやした?」
「うん…これなんだけど」
「んー…またあの人見切れてんな」
「そうなんだよねェ…いつの間にって感じ」
「あんまり一人で出歩かない方がいいんじゃねェですかィ?今日は祭りもあるし…人混みとか絶対いくんじゃねェぜ。土方さんに言って暫く屯所に寝泊まりしたらどうですかィ?」
「いや、副長には知られたくないというかなんというか…」
「ほォ…愛する旦那には心配かけたくないってか」
「そんなんじゃないです。大人をからかわないで」
「へいへい。まァ気を付けてくんなせェよ。なんかあったら電話で呼んでくれてもいいし」
「沖田くんって、意外と優しいよね」
「あんたにだけでさァ」

沖田くんはそう言うと会議があるからと急ぎ足で去っていった。今日は江戸の祭りの日で、表舞台に出る将軍様の警護にあたるべく真選組は準備を進めているらしい。今日は隊士のほとんどが出払うため夕飯の準備に人手が要らず、私は昼食が済んだら上がらせて貰う予定だ。おばちゃん達が若いんだから友達でも誘って祭りに行っておいでと言ってくれたんだが…生憎そんな気分にはなれないでいた。しかし、昼で上がって帰るとなると嫌でも祭りの喧騒には出くわすもので。屋台の近くでキャッキャとはしゃぐ子ども達を見ると心が安らぐようだった。ボーッと子ども達の様子を眺めていると、一際賑やかな少女が視界に入る。綺麗なオレンジ色の髪に白い肌。日傘をさしているとても愛らしい少女。この辺じゃあまり見ない感じの子だなぁ…そう思って少女の視線の先に目をやると、

「…っ!」

なんと、そこには、あの銀時がいた。

銀時から目を離せないでいると、視線を感じたのか、銀時がこっちを見た気がした。会ってはいけない、再び知り合ってはいけない…と私は逃げるようにその場を去った。

「…今あの橋んとこ、誰かいなかったか?」
「そんなことよりちゃんと仕事して下さいよ銀さん」
「そうアル!早く出店にいこうヨ!」
「へいへい。神楽ァ、お前はただ食いてェだけだろ」





祭りの喧騒から逃れるように、陽が高い内に家に帰ろうと足を速めた。
今日はポストを開けても封筒は入っていなかった。恐らく今日は私が副長と顔を合わせていないからだろう。封筒は入っていなかったけれど、代わりにあるモノが入っていて私は声にならない悲鳴をあげた。それは、おびただしい数の虫の死骸だった。

私は震える手で沖田くんの連絡先を探してコールした。でも彼は仕事中…、私よりも将軍様の警護の方が大切に決まっている。そう思い彼が出ない内に自ら電話を切った。急ぎ足で部屋に帰り全て戸締りをしてカーテンも閉めきったところで身体中の力が抜けそのまま床に座り込んだ。カタカタと震える体を自分で抱き締めることしか出来ず、何者かもわからない犯人に怯えたまま夜を迎えた。

−−−ピンポンピンポンピンポン

何度も何度もチャイムが鳴る。誰…?ドアの前に立っている人物が恐ろしくて確認すら出来ないでいると今度は携帯が鳴った。画面を見ると副長の名前が表示された。

(そっか、この間登録したんだ)

「…はい」
「お前今家にいるだろ?」
「います」
「チャイム鳴らしたの俺だ。開けてくれ」

携帯を放り投げ、私は玄関に走った。震える手でなんとか鍵を開けドアを開けると本当に副長がいた。安心して膝から崩れ落ちた挙句涙が溢れた。副長は突然泣き出した私に驚くこともせず、後手にドアを閉めてへたり込んだ私の頭を撫でてくれた。

「あ…、でも、どうして」
「総悟が心配してたぜ。でも自分が行くより俺が行った方がいいんじゃねェのかってさ。大体お前な、こんな事されてるんならどうしてもっと早く、」
「副長…っ」

叱られている筈なのに口調はとても優しくて、私は居ても立ってもいられず副長に抱き付いた。副長は後ろに倒れながらも私を抱きとめて、口には笑みを浮かべていた。

「何があったか、お前からちゃんと教えてくれ。ちゃんと俺らが捜査に当たる」

私を安心させるように優しくそう言った。

「お前なんでもっと早い段階で言わんねェんだよ」
「だって…副長はいつも忙しそうだし私なんかよりも将軍様の方が大事なのは当たり前だし」
「そりゃそうだ。今日だってお前ェ…高杉絡みのテロは起こるは将軍は狙われるわで祭りはめちゃくちゃだったんだぞ」
「え…待って、副長こんなとこに居ていいんですか…?」
「嫁がひとりで泣いてる時に仕事してられるか」
「でも!」
「まァ、本当は現場に居なきゃいけなかったんだろうがよ、近藤さんと総悟が行けってうるさくてな。なんだかんだ近藤さんもアイツもお前の事心配してんだ」
「すみません」
「謝るな。それからお前は暫く屯所に住め。いいな」
「え!急すぎません!?」
「ひとりでいると何されるかわかんねェだろ。わかったな。これは副長命令だ」
「う…逆らったら切腹ですか、隊士じゃないのに」
「よくわかってるじゃねェか」

私は副長がいる内に必要最低限の荷物をまとめた。

「明日の早朝出るぞ。今日はゆっくり休め」
「え、副長は?」
「あァ?帰って欲しいのか」
「いやでも、泊まるんですか?」
「俺も疲れてんだよ。屯所よりここの方が静かだろうが。たまには休ませろ」

有無を言わせない空気で凄まれ私は引きつりながら頷くしか無かった。でも副長がいてくれたおかげか、その晩は久々にとてもぐっすり眠れたのだった。

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