「なァ神楽、俺とあの…名前って、どんな感じなわけ」

「銀ちゃんが名前のこと好きで好きでたまんなくて付き合い始めて結婚したアル」

「…へェ」

事故に遭い、名前という女の記憶だけスッカリ抜け落ちてしまったらしい。不幸なことにその女は俺の嫁だという。にわかには信じられない話だが、嵌めた覚えのない銀色の指輪が何よりの証拠なのだろう。不思議だ。

「銀ちゃん、名前はつらいことがあっても言わないネ。いつものことヨ。銀ちゃんが事故に遭った時もいっぱい泣いてたアル」

「へェ…」

「でもきっと銀ちゃんの前では泣かないヨ。だから気付いてやって欲しいネ」

「…そう、だな」

神楽も新八も、余程彼女のことを気に入っているらしい。懐きっぷりを見れば、数多くの時間を共にしていることは明白だった。そんな彼女のことだけを思い出せない俺も苦しいが、仮にも好いて結婚したであろう旦那から忘れられたなんて、あの人は俺よりも苦しんでいるだろう。

「銀ちゃん、ここ最近銀ちゃんが気に入ってるケーキ屋さんデショ?名前はわざわざここでケーキ予約してくれてるネ。名前は銀ちゃんのこと大好きアル」

きっと神楽は俺の記憶を呼び戻すために色んな話をしてくれているのだろう。記憶が蘇ることはなく、申し訳なさしか浮かばないのだから困ったものだ。

万事屋に帰りつくと、テーブルには豪勢な料理が並んでいた。「早く食べましょう」と新八に促され腰を下ろすと、名前さん…名前はニコニコ笑って「たくさん食べてくださいね」と言った。

味付けはどれも俺好みだったし、配膳も酌も全てが絶妙なタイミングだった。やはり冗談ではなく本当に、俺と彼女は長い時間を共にしているのだろう。

ガキ共も名前の作った飯を嬉しそうに頬張っている。これが今の万事屋の当たり前の光景なのだろう。

飯を口に運びながらボーッと考えていると、名前が急に「すみません」と口元を押さえて部屋を出て行った。台所の方から苦しそうな声が聞こえる。神楽と新八は瞬時に目配せし、神楽が名前を追って行った。

「え、なに、大丈夫なの…?」

「神楽ちゃんがついてますから大丈夫ですよ、最近少し落ち着いたって言ってたんですけど…まだ完全じゃないみたいですね」

「あの人ずっと具合悪ィの?」

「やだな、つわりですよ」

「つわりィィィィ!?!?」

「あぁそうか、それも…。でも銀さんの子ですから」

ちょっと待てこれは由々しき事態だ。俺は記憶がないまま父親になろうとしているのか!?いや、マズイだろそれは。ただでさえこの人はあなたの嫁ですなんて言われて困惑しているのに、腹にはあなたの子がいますだと…?どういうことなんだ。

「すみません、食事中に」

「もう大丈夫ですか?」

「うん、新八くんありがとう。神楽ちゃんもごめんね」

「何言ってるアル。名前が苦しい時はみんなで助けるって約束したネ」

「ありがとう」

「そういうわけですから、銀さんも名前さんの体調気にして下さいね。一緒にいる可能性が高いのは銀さんですから」

「お、おう」

たらふく美味い飯とケーキを食って、新八は名前と共に後片付けをしてひとり帰っていった。神楽は風呂に入って寝床へ向かった。俺と名前も順に風呂に入り、寝室へ向かった。寝室にはピッタリとくっつけて並べてある布団が二組。

「え、いや、そうだよな」

「あ…やっぱり抵抗ありますよね。いくら夫婦とはいえ銀さんにとって私は知らない人でしょうから…」

「抵抗というかなんというか…こんな別嬪さんが横で寝てたら変な気起こしそうっつーか」

「もう、変な気も何も夫婦なんですよ私達。それにほら、ここに、私達の子もいます」

名前がゆっくり俺の手を取って自分の腹にあてた。その瞬間腹の底から愛しさというか庇護欲みたいなものがせり上がってきて、なんとも言えないむず痒い気持ちだった。

「なァ、お前さんのこと…思い出せなくて悲しませるかも知れねェけど、それでも…もう一度惚れる自信があるわ、俺」

「銀さん…」

名前は控え目に俺に身を寄せ、嬉しそうに微笑んだ。意識するよりも先に俺は手を伸ばして彼女を腕の中に閉じ込めていた。


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