【俺には甘えろよ】
HRを終えて部活に向かう直前、ナマエのクラスのやつから話しかけられた。俺とこいつには特に接点はないから、きっと内容はナマエのことだろうと立ち止まる。
「ナマエちゃんさっきの体育の授業の時倒れちゃって今保健室にいるよ。聞いてる?」
「あ、いや、マジか。及川〜っ!!ちょっと先行っててくれ」
及川に保健室でナマエの様子を見てくると告げ、駆け足で保健室へ向かう。保健室につくとそこに先生はいなくて、カーテンで仕切られたベッドに近づくと、ベッドの下に綺麗に並べられたナマエの上履きが見えた。寝てんのか。
「ナマエ…?」
控え目にカーテンを引くと、寝息を立てるナマエがいた。心なしか少しだけ顔色が悪いようだ。
まるで引き寄せられるように頬に手を伸ばし触れると、ナマエの瞼がゆっくり持ち上がった。
「ん…はじめ?」
「大丈夫か?お前のクラスのやつから倒れたって聞いて」
「ああ…ごめんね。今生理だから貧血みたい。」
「またか。ちゃんと肉食え、肉」
「この間も言われたね」
元々貧血気味なこいつは生理の度に貧血が酷くなってフラフラしてやがる。女の体は難儀なもんだ。
「今日家に人いんの?誰か迎えに来るのか?」
「ううん。みんな仕事だから落ち着いたら自分で帰るよ」
「なら部活終わんの待っとけ。な?」
「でも」
「今日は自主練切り上げて早く終わるようにするから」
「いいよ、はじめ大事な時期でしょ?後悔しないようにいっぱい練習しなきゃ」
「いいって、たまにはクールダウンも必要だからな。」
「でも…やっぱり悪いよ、」
「俺には甘えろよ、な?」
「はじめ…」
「じゃ、部活行ってくるから」
「ありがとう」
行ってらっしゃい、と見送られることがこんなに嬉しいことだとは。
ベッドの上で微笑んだナマエの頭をポンポンと撫で、にやけそうになるのを必死にこらえながら全速力で部室に向かった。
部活が終わってまたもや全速力で部室に戻ると、部室棟の前でナマエが待っていた。着替えてくると告げ、急いで身支度を済ませてナマエの元へ向かうと、ナマエが可笑しそうに笑う。
「なんだ?」
「ううん、私のために急いでくれてありがとう。ただ、Tシャツ後ろ前逆じゃない?」
汗を吸った練習着を丸めてバッグに詰め、綺麗なTシャツに着替えたのだがなんと後ろ前逆だったようだ。道理で首回りが窮屈だと思った。
「前締めときゃいい」
「そうだね」
青城バレー部の白いジャージの前を締めナマエと並んで歩き出す。
「貧血大丈夫か?フラフラしてねぇ?」
「落ち着いたから大丈夫だよ」
「転ぶなよ。手繋ぐか?」
「大丈夫だよ。あ、でも手は繋ぎたいな」
「…ほらよ」
制服姿のナマエとジャージ姿の俺。ちぐはぐな格好だが、これが一番俺たちらしいような、そんな気がした。
「はじめと手を繋いで帰れるなら貧血も悪くないかな〜」
「なにバカなこと言ってんだ。心配だから早く治せよ
」
「はーい。がんばります」
ナマエはにやけ顏を惜しげもなくさらし、俺の手をギュッと握りしめるのだった。
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