いつものように筋トレをしていると、ひょっこり顔を出したあいつは、何を話すわけでもなくただそこに座っている。

じっと空を見つめる目は、"ここ"ではないあっちの世界を想っているのだと、最近分かるようになった。


本人は決して口には出さないが、どうやらふとさみしくなった時に、こうしてやってくるようだ。



「おまえもやるか?」

『やんなくてもゾロより強いから。』


笑ってほしくて声をかけた。しかし相変わらず無愛想な答えに、若干いらっとするも、言葉とは裏腹な悲しげな表情にグッとくる。

いつものように笑い飛ばせばいいものを、今のこいつはこれが精一杯みたいだ。



「んなこと言ってっと、鈍っちまうぞ。」

『鈍っても勝てる自信ある。』


とことん口だけは達者なやつ。どうにかしてその表情も達者になれないものか。そんなあからさまに表情に出されては、からかえるものもからかえない。

どうしたものかと頭を悩ませていれば、頭上からケタケタと笑い声がした。



『ぶきっちょのくせに無理しないでいい。』

先ほどまでとは打って変わって、無邪気な笑顔浮かべるこいつは、どれだけ人を振り回せばいいんだか。


「人の親切心を…。」

『ゾロにも親切心なんてものがあったんだな。』

「おまえなァ…。」


ふっと微笑むそいつの表情の裏には、消しきれない影がある。笑っていても、きっと心の内は真っ暗だ。

そんなこと考えていると、身体が勝手に動いていた。




『………何すんのさ。』

「……うっせ。」


自分でもわからない。

腕に収まったそいつは思っていたよりちっさくて、どこからあんな力が出てくるのか全く想像できない。



「そんな目、すんな。」

『……どんな目してた?』

「おまえがいるのは"ここ"だろ。」

『…………。』


黙り込むそいつは軽くおれの胸を押し返す。けど、おれは一層力を込めて抱きしめた。

その抵抗も大したものではなく、すぐにおさまり、抱きしめられたままうつむく。額が胸にあたり、自分の心音が聞こえてしまうのではないかと焦る。



『…知ってるよ、ばーか。』

「……ハル。」


名前を呼べば、ピクッと揺れる肩。

もう一度呼んでみると、ゆっくり頭を上げる。その表情は温かいもので、確かに"ここ"にあった。








Black Joke
(抱きしめてはなせない)










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