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「…なんだよ…」
「今、どこにいると思う…?」
「…どこって…、」
家にかえるといっていたから、隼人たちの家か里桜と鈴の家だろう。
そう応えれば、くく、と隼人は笑い、
「違うよ」
という。
「兄貴もずっと鈴と行きたいと思っていた場所だよ」
「…はぁ…?」
「すっごいいいところ。鈴とようやく行けたんだ。悪いね、兄貴」
「ちょっと待て、いいところって…」
「鈴と行くならとっても楽しい、いいところ、だよ」
鈴と…?
はて…?と首を傾げながら、疾風は頭をかく。
鈴と行きたかった場所…。てんで、検討がつかない。
遊園地とかだろうか。
いや、しかし、今は深夜だ。
隼人は家に鈴を送ったのではないだろうか。
「どこだよ…。鈴と行きたかった場所って…」
「わからない…?」
「わっかんねぇよ。
ってか、お前とクイズしている暇なんてねぇ…きる」
切るぞ、と疾風がそういい終わる前に、
「今、ラブホにいる。…抱いたよ、鈴を」
隼人は静かに言った。
「ラブホ…?」
「…そう…。鈴と、あれから行ったの。二人で…」
「…!おまえ…」
「抱いたよ…。
いい加減、我慢も出来なかった。ずっと好きだったんだ。愛しいんだよ、鈴が。
鈴ね、可愛かったよ、泣いて、もっとしてっていって…。
ねぇ、兄貴…」
ゾクリとするほど、低い声で、隼人は
「鈴は、誰にも渡さないから…。兄貴にも、誰にも…」
いいながら、笑った。
ククク、と。
きっと、顎もとに手をやり、意地の悪い笑みを浮かべてるんだろう。
この笑いをするとき、隼人はいつもの温和な隼人ではなくなる。
どこか自分勝手で傲慢な人間になるのだ。
疾風以上に、傲慢で自分本位で、自分の為ならば鬼畜ともいえる性格になる。
「…お前…鈴は…」
「もちろん、合意だよ…。ちゃんとならしたし…。
ちょっと暴走しちゃったけど、うまくやれたと思う」
「うまくやれたって…、」
弟は貴公子みたいな顔して、実は絶倫だ…というのを、大学の時の女の友人に聞いたことがある。
寝たら次の日は確実におきれなくなるとかなんとか…。
「お前…鈴によくやれたな…。あのぽけぽけの鈴に…」
「やだなぁ。兄貴。俺はだいぶ待ったよ?初めて会った時から今まで。褒めてほしいくらいだよ」
「なにが褒めてほしい、だ。昔から、不埒なことをしてたくせに」
ふん、と鼻で鳴らしながら咎める。
隼人は昔から小さい鈴が警戒しないことをいいことに、犯罪ギリギリまで鈴の身体にあれやこれやしていたことがある。
それは寝こみだったり、一緒にお風呂入ったときだったり…色々。
「兄貴だって…、鈴のストーカーしていただろう?」
憤慨だ…とばかりに、隼人は返す。
鈴のストーカーなんて、していない。
見ていたのは、里桜だ。
だが、隼人は勘違いしている。
疾風も鈴を好きだと思っているのだ。
恋するものは周りを見えなくするのか…。
普段は余裕綽々の貴公子様、と噂され、温和そうな隼人も鈴のことになれば、たちまち周りが見えなくなる。
「あのなぁ…、」
呆れて、疾風が口を開けば、
「ああ、ごめん、鈴がまた起きそうだから。きるよ」
隼人は一方的に電話を切ってしまった。
後には、電話のつーつー、と物悲しい音だけが木霊していた。
「ホテル…ね…」
案の定、疾風はラブホテルに鈴を誘い、ベッドで抱いたらしい。
予想していた通りだ。
まさか…とは思っていたが…。
兄弟になった途端、手が早すぎやしないか。
「―くそっ…、」
忌々しい、腹立たしい。
別に、疾風は鈴のことは好きではないし、抱きたいとも思ったことはない。
可愛いな…とは思ったことはあるが、それは弟分≠ニして、だ。
でも…
「抱いた、だぁ?ふざけんじゃねぇよ…」
自分がもたもたしている間に、弟である隼人は長年の思いを実らせた。
それが腹立たしかった。
自分だって、隼人以上に相手を見ているし、好きなのに…。
長年煮え湯を飲まされているのに…。
なのに、どうして…
「―どうして、俺じゃねぇんだよ…。馬鹿里桜…」
里桜は隼人が好きだ。
優しい#ケ人が好きらしい。
小さい頃から、鈴と同じく、里桜は隼人ばかり見ていた。
そんな里桜を、ずっと疾風だって見てきたのだ。
ずっと…。
里桜が隼人に恋していた時間、疾風も里桜に恋をしていた。
だから、身を以てわかる。
隼人は鈴しか見ていない。
鈴も、疾風しか見えていないようだった。
通じない想い。実らない恋。
なら、いつかは、里桜も諦めて、自分を見てくれるかもしれない。
思い続けて、早数年。
里桜は未だに隼人だけを見つめ、隼人は鈴を愛し、鈴は隼人しか見えず…
そして、自分も里桜を変わらず想っていた。
「―なんだって、俺たちはうまくいかねぇんだよ…」
同じ弟たちは、今夜めでたく思いが実り、結ばれたというのに…。
なのに自分たちは…行き場のない思いを持て余している。
「―ああああ、くそ、ふざけんな…」
身体だけでも良かった。
里桜が自分の学校の生徒になったとき、チャンスだと思った。
心が無理なら、身体だけでも、ものにしよう、なんて。
実際、やってみれば実に空しい。
快楽に身体はすっきりとするものの…終わった後はどうしようもない虚無感が襲いかかる。
ただ性欲を処理しているだけ。
変な言い方をすれば、まるで里桜を肉便器として身体を合わせているようだった。
「里桜、」
寝ている里桜の顔を両手で包み、そっと近づける。
長い睫毛に縁取られた、形のよい瞳。
ふっくらとした桜色の唇。
目にすれば、全てが欲しくてたまらない。
まるで、麻薬のようだ。
「里桜」
ちゅ、と、音をたてて、唇を吸う。
顔中に降らせる、キスの嵐。
里桜はよっぽど疲れているのか、散々疾風がキスしても起きなかった。
疾風はしばらく眠っている里桜の唇を堪能し…
意識のない身体に軽く悪戯をする。
「―起きねぇな…、くそ…つまんねぇ…」
悪戯しても反応がなければ、つまらない。
人形にしているのと同じだ。
今頃隼人は鈴の可愛らしい反応を見て、にやにやしているんだろうか。
考えただけでむかむかしてくる。
疾風は悪戯していた里桜のズボンを引き上げて、キッチンに向かう。
冷蔵庫にビールが数本残っていたからだ。
今夜はイライラするし、呑まなきゃ、やってられない。
「―あああ、もう、今夜は呑む。呑むぞー」
疾風はそう宣言し、ビールを次々と開けていった。
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