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「おい…、おい…」
「っ…、」
「どうしたんだ?ボーとして…。」
「あ…、」
いつの間にか寝ていた筈の疾風が起きて、里桜の顔を覗いていた。
薄暗い車内で、どこか心配そうに里桜を見つめているのは気のせいだろうか。
「…、なんでも…ない」
「ほんと…か…、」
「…うん…、」
「そうか」
いいながらそっと、里桜の肩に疾風は腕を回した。
嫌い、な筈なのに。
疾風のその腕はとても温かだった。
疾風も、里桜のことを疎ましく思っているかもしれないのに。
自分は鈴のおまけでしかないのに。
里桜はそのまま、疾風に体を預けて目を瞑る。
どこか、疾風の腕は安心した。
いつも、変なことしかしない、疾風なのに。
「―里桜、」
低い、疾風の声。
心地よく、耳に染みわたるその声。
同時に、心地よい睡魔が襲ってくる。
「…してる……」
ぽそり、と零した疾風の言葉。
睡魔で薄れゆく意識の中、里桜は安心したように笑みを浮かべながら、疾風の身体に己の身体を預けたまま、眠りについてしまった。
*
タクシー代を払い、ぐっすりと眠ってしまった里桜を家へと運ぶ。
小柄だから高校男子だというのに、たやすく抱えることが出来る。
すっぽりと、腕に収まる里桜。
サラリ、と、柔らかな髪が動くたびに揺れる。
疾風はまるで壊れ物でも運ぶかのように、ゆっくりと、家のベッドまで里桜を抱えた。
華奢な里桜。
薄い、最低限の筋肉しかついていない身体。しなやかな身体。
でも、抱くときは真っ赤に、なまめかしく誘う、身体。
こうやって胸に抱いていると、あの時の事が蘇り身体が熱くなってくる。
馬鹿らしい、思春期のコドモじゃないのに。
こうやって抱きしめていると、このまま離したくなくなる。
「…っと、」
そっと、疾風はベッドに里桜を寝かせ、頭を撫でる。
額をかきあげかけていた眼鏡を奪うと、いつもは前髪で隠れた目元が露わになる。
目元を縁取る、長い長い睫毛。
少し開かれキスを誘うような、くちびる。
高い鼻梁。
鈴と双子だから似ている筈なのに…その印象はかなり違って見える。
鈴が明るい太陽ならば、里桜は月。
鈴が兔ならば、里桜は猫なのだ。
控えめに輝いて、辺りを照らす、美しい月。
鈴が万人に甘えられる性格なのに対し、里桜は甘えるのも下手ですぐに虚勢を張る。
欲しいものも、欲しいといえない。
そんな、性格。
それを、ずっと疾風は見てきた。今まで、ずっと…。
里桜はきっと知らないだろうけれど。
「…っくそっ…」
自分は、里桜にどう見られているのだろうか。
無理やり抱いた最低な担任か。
でも仕方がないではないか。
もう何年も待った。そろそろ理性も尽きる。
「あいつなら…、もっと優しくできるんだろうな…」
あいつ…、自分の弟を思い出し、疾風は苦笑する。
別に今まで自分は自分、弟は弟、でコンプレックスや僻んだりをしたことはなかった。
勉強も出来るしスポーツも出来る。
女に告白された回数は、弟よりも優に自分の方が多いかもしれない。
けれど…気持ちをうまく伝える面では駄目だった。
隼人はとにかく、好きになった相手ならば優しく出来る。
悪い大人…ではないが、口も上手いし、今頃ぽやぽやの鈴は隼人にいいように丸めこまれ、初エッチでもしているんではないだろうか。それに引き替え自分は…
「はぁ…」
深いため息とともに、尻ポケットに入れていた携帯が鳴る。
ディスプレイを見ると、隼人からだった。
疾風はどこかうんざりとした気分で、通話ボタンを押す。
すると、どこか機嫌が良さそうに「もしもし…?」と隼人の声が電話口からした。
「もしもし…、ああ、兄貴?俺だよ、俺」
俺だよ、俺、なんて白々しい。
いつもは、自分のことを私≠ニいう癖に。
よっぽど浮かれているのか…。
どこか笑いを含んだその声は、実に機嫌のいいものだった。
なんというタイミングだろう。こいつはエスパーだろうか。
普通ならエスパーだなんて、と笑われるだろうが、この弟は本当にエスパーのように勘がよく頭も良かった。
わが弟ながら、たまに宇宙人、いや未来人なんじゃないか…と、その先読み能力に辟易する。
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