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中は…さすが高級料亭という佇まいだった。
広くスペースがあり、床は蛍光灯の光を反射するくらいピカピカに磨かれている。
「いらっしゃいませ。小早川様のお連れ様ですね?」
女将と思われる恰幅の良い女性がにこやかに二人を出迎えた。
2人は顔を見合わせて、首を傾げる。
小早川…?
誰だ、それは…。自分たちの名前は天音≠セ。
「あの天音ですけど人違いじゃ…」
「やっと来たわね2人共!待ってたわよ早くいらっしゃい」
里桜の言葉に奥から母親の薫が出て来た。
淡い山吹色のワンピースを着た薫が、女将に「すみませんね、私たちの連れあってます」と微笑んでいた。
どうやら、母の相手は小早川、というらしく小早川の名前で部屋を取っていたらしい。
「今、小早川って…」
小早川。
どきり、と、里桜の胸が大きく跳ねた。
小早川、という名前は身近な人で二人知っている。
大好きな人と、大嫌いな人だ。
(小早川…)
里桜は、その名を何度も反芻する。
どこか心あらず…な状態になった里桜の腕を鈴は引っ張って、薫の後を追った。
通された部屋。
目に入った光景に金縛りにでもあったように里桜の足が止まる。
「にいちゃん?」
鈴は里桜の顔を見、不審に思いながら目線を追い掛けて…そして、絶句した。
「隼人さん!?」
「やぁ…」
通された部屋は8畳程在る和室で、小早川院長と隼人が先に席に着いていた。
間にひとり分のスペースが空いている。
他にも誰か来るようだ。
何故母が働いている病院の院長と、隼人がこんな場所に…?
まさか…。
「やあ里桜君鈴君、席に着いて」
初老の紳士は小早川医院の院長で、隼人の父親だ。
少しとしはいっているものの、落ち着いた空気を纏っており、トレンディー俳優のように一つ一つの動作が様になっている。
隼人の父親であるから、もちろん顔は整っており、患者や看護婦がぽぉ〜っと院長を見ていることなどよくある。
わざわざ院長の顔を見に通院している患者もいるくらいだ。
鈴は息を呑んで、隼人を見詰める。
そんな鈴の縋る様な視線に隼人は気づき、
「私の前の席においで鈴」
手招きをする。
隼人の声に促され、鈴は云われた場所に座った。
里桜も真ん中の席…鈴と薫に挟まれた席に腰を下ろした。
薫の前には院長、そして鈴の前には隼人がいる。
「びっくりさせてすまなかったね。薫さんが2人を驚かせたいって」
「凄いサプライズでしょう?」
「「サプライズって…」」
まさか…。
ある一つの可能性に、2人は顔を見合わせる。
母は、結婚相手とその家族と会う、と言っていた。
つまり…。
「君達のお母さんを私に下さい」
二人が応えを言う前に、院長は真っ赤な顔で2人に頭を下げる。
院長が…母の再婚相手、だったようだ。
この院長ならば、結婚相手としてもうしわけない。いや、むしろおつりがくるくらいだ。
優しく、昔から二人をよく可愛がってくれたし二人もよく院長のことを知っている。
反対する要素はない…。
少しさみしいけれど。
「母ちゃんが幸せなら」
「お母さんが幸せなら」
二人はそろって、そう口にする。
「里桜、鈴、ありがとう〜」
薫が2人まとめて嬉しそうにハグをした。
「お腹の子に障りますよ?薫さん」
「あらそうね、パパ」
院長が冷や汗をかくのを傍目に、里桜はグラスに注がれた水を一息に飲み干した。
下手な男よりも院長はいい男だ。でも…なんだろう。
反対する理由もないのに…。
「母ちゃん、もうひとり誰か来るの?」
里桜の前の席、不自然に空いた席を見つめ、鈴は薫に尋ねる。
「そうよ〜ってか料理冷めちゃうわ」
「先にいただきましょう。2人共たくさん食べるんだよ」
「「…はい」」
「うわ〜さすが双子!ハモるね〜」
隼人が楽しげに笑い、向かい側に座る鈴は頬を染めた。
改めて言われると…照れる。
けして、意識している訳ではないのに…。
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