鬼畜狼と蜂蜜ハニー里桜編 | ナノ


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「兄ちゃん、俺、隼人さんと一緒に家を出ることに決めたんだ」

気恥かしそうにでも嬉しそうに笑いながら、鈴が里桜に告げた。

「隼人さんと・・・?」

告げられた言葉に呆然とする。
脳は鈴が告げた言葉を意図的に遮断しているようだった。


「うん。あのね、やっぱりここは、僕のいる場所じゃない気がして。
だって、ここは僕の本当の居場所じゃないから。

兄ちゃんの本当の弟が生まれるでしょ。そしたら、僕どうしたらいいのかなって。
どこに行けばいいのかなって、思って。
だって、僕だけ血が繋がってない、異分子なんだもん。

兄ちゃんには、本当の弟ができる。だけど、それは、僕の本当の弟じゃないんだ。
僕だけ、家族の中で異分子なんだ。どこに行けばいいか、わかんないんだよ・・・。
それで、隼人さんが・・・一緒に暮らさないかって・・・、だから、その・・・、」


本当の居場所?
本当の弟?
俺にとって、鈴は弟≠ネのに?
本当の弟って、なに?

自分だって、晴臣とは本当の家族じゃない。
鈴には薫じゃなく、本当の母親がいる。
だからいざとなれば、ここを出られるし偽りの家族から逃げ出せる。

だが、里桜は・・・?
薫と血が繋がっているだけで、そこに居場所はあるのだろうか・・・。

母親と、その再婚相手。二人の間に出来たかわいい子供。
そして、自分。

家族になんて、なれるのか。
きっと、なれたとしても、それは偽りの家族だ。
偽物の家族。
偽物の家族の中の、不要な自分。

「ばいばい、兄ちゃん=v

鈴が里桜に背を向ける。
里桜は鈴を追いかけようと手を伸ばすが・・・その手は宙をかいた。


『血の繋がった家族は、どんなことがあっても惹きつけられ愛し愛される運命だよね・・・。
たとえ、どんなに離れていたとしても。どんな・・・捨てられた過去があっても。
何があっても、許しちゃうんだよ・・・。
偽物なんか、あっという間に忘れちゃうんだよ・・・所詮、レプリカ≠ネんだもの』

モヤモヤとした思考の中、陸の声が聞こえた。

血の繋がった家族は、どんなことがあっても惹きつけられ愛し愛される運命だよね。
ねぇ・・・。

偽りなんて、簡単に消えてしまうんだ。壊れてしまうんだよ・・・―。

里桜さんー。


はっと息をつめて、布団から飛び起きた。ジワリと背中から汗が伝う。かなり寝汗をかいたようだ。気持ちが悪い。ハァハァと乱れた呼吸を落ち着かせ、一つ深呼吸する。

「夢・・・、鈴が出ていこうとしたのも・・・夢・・・そっか・・・」

苦々しく笑いながら、髪をかき上げる。
前髪は汗でべっとりと額に張り付いている。
里桜たち生徒会メンバーは陸上部よりも一日早く合宿を終え帰宅の途についていた。
今日、鈴は一日遅れで天音家へと帰ってくる。

 鈴は、上条のことをどう思っているのか。
会いたいと思っているのだろうか。

近々、鈴と家族全員で話し合いになるだろう。きっと、鈴は上条のことがどうであれ、隼人の傍にいることを選ぶはずだ。

家族のことは鈴が決めるべきだ。
鈴が遠く離れていても、自分たちは家族で、里桜は鈴の兄である。だから、鈴がどんな決断をしたところで、自分は止めない。止めたところで鈴は言うことを聞かないから。
鈴の決定に従っていく。
そう思っていたのに。

今朝の夢で、鈴が離れるとなって漠然と不安を感じてしまった。
一人だけ取り残される、自分を。

(鈴のことなのに・・・、ダメな俺・・・)

覚悟している。鈴が自分から離れる日が来るのを。だけど、不安なのも間違いなく事実で。
里桜は気合を入れるため、頬を一つ叩くとリビングへ向かった。


リビングに行くと、既にそこには誰もおらず静まり返っていた。
そういえば、薫は今朝晴臣と赤ちゃんに必要な物を買うと云っていた。今の具合からすると、冬あたりに生まれるらしい。冬になれば、また慌ただしくなりそうだ。
冬には、里桜も進路を決めなくてはいけない。


(俺も、どこか行こうかな・・・)

ぼんやりと椅子に座り、トーストをかじっていた里桜の耳に小さく電子音が聞こえた。
部屋に置き忘れた携帯電話の音だ。

里桜は足早に携帯電話の元へいき画面を覗く。電話ではなくメールを受信したらしい。
送信者は、柊だった。

(光・・・?)

合宿以来、光とは連絡がついていないままだった。
里桜は現状を尋ねるメールを送っていたのだが、柊からの返信が来なかったのだ。

メールの本文に視線を移すと、今日会えませんか?と一文だけ記されていた。

(今日・・・、)

今日はこれといって予定がない。一人でいても、また気が滅入るだけだ。
メールではなくわざわざ会おうと言っているのだから、柊にとっても重要な話があるのかもしれない。

里桜が会おう、と返信するとすぐに柊から場所と時間のメールが来た。
駅前の喫茶店に、12時集合。
時計を見ると、11時15分を指している。

里桜は、簡単に用意を済ませると、柊に会うために家を出た。


待ち合わせの駅前の喫茶店。
今日は、まだ夏休みだからか、平日だというのに人が多い。
里桜は喫茶店の隅、観葉植物の傍の席に腰を下ろし、携帯を取り出す。
時刻は、待ち合わせの時間よりも、10分ほど早かった。

ぼぉっと待っているのもなんなので、ウエイトレスにアイスコーヒーを頼み、携帯をいじる。
携帯のトップニュース画面には、『上条貴博熱愛か?』の文字が出ていた。


(上条貴博・・・、)

上条貴博は、鈴のことを知るまではただのテレビの中の人だった。
だが、鈴のことをしってから里桜の中では上条貴博に対しても複雑な思いを抱いている。
少なくとも知らない人・全く赤の他人、というわけでもないのだ。


ニュース記事はありふれたゴシップ記事のようだった。
上条が綺麗な女性と一緒に喫茶店で仲睦まじくお茶をしていた・・・など。
その相手は、大手出版社のやり手編集長だの・・・ご丁寧に記事には写真までつけられていた。

(鈴音さんじゃん・・・)

記事につけられたモノクロの写真は少しわかりにくいが、よくよく見れば鈴音だった。
たぶん、関係者しかわからないくらい顔ははっきりしていないから、鈴音や鈴に危害はないだろう。

(二人が接触していた・・・?だから上条は・・・鈴を。でも、熱愛って・・・)

二人のツーショット写真を見つめながら、里桜は指先で記事を追う。
今はどうか知らないが、昔鈴音は上条を愛していた。実の姉である薫から奪うほどに。
だから、この熱愛報道がけして嘘だと否定もできない。
けれど・・・。

(上条は・・・鈴音さんのこと、どう思ってるんだ・・・?)

上条本人は、鈴音のことをどう思っているんだろう。
会って、愛おしい気持ちでも芽生えたんだろうか。
だから、この間鈴を迎えにきたのだろうか。

薫のことは?
そして、里桜の父親のことは、どう思っているんだろう。


 里桜が上条を毛嫌いする理由は、里桜の父親・天音直人のこともある。
直人がフロッピーに残していた日記。

直人の上条への密やかな思い。

僕の恋は終わってしまったけれど、それでも僕は貴博を愛し続けるだろう。
世界中の誰よりも。彼だけを愛している。
だから今度生まれてくるときは、彼と別の性に生まれて、彼と結ばれたい。
それが僕の囁かな願い

直人は、温厚で常識人だった筈だ。
その直人が男で、しかも幼馴染の上条を好きだったというのだから、その想いはかなり深いものだったのだろう。
同じ男なのに、好きだった上条。

だが、上条はどうだったのだろう。
上条は、直人のことをどう思っていた?直人とどう接していたのだろう。
肝心の上条の気持ちは、直人の残したフロッピーには一言も残されていなかった。


直人が残したフロッピーは、いつも抽象的なことしか書かれておらず、ほとんど曖昧に言葉を濁していた。
天音の家に対してもそうだ。
何か辛いことがあった、と書かれているのに明確に何があったかは一言も書かれていなかったのだ。
だから、里桜は天音家が直人に何をしてきたか、想像することしかできない。

(想像したところで、今更どうしようもないんだけど・・・)
里桜は雑誌を尻目に一つ息を零した。




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