鬼畜狼と蜂蜜ハニー里桜編 | ナノ


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「…え…、」

その時、鏡の端に自分ではない影が映った。
父さん…?一瞬里桜の脳裏にそんな非科学的なことが過ぎったが、そんなはずはない。

映ったのは、学ランをきた、学生の姿。
学ランをきた少年が、こちらをじっと瞬きもせずに見ている。
無表情に、まるで人形のような瞳で。
ゾワリと視線を感じ、背中から嫌な汗が吹き出る。


―見られている。見つめられている。
おそる恐る振り返る。
振り返った先、少年が里桜を見てニコリと笑った。


「ドウモ…」
「あの…」

しどろもどろと、視線が居心地悪く感じた里桜に、男は、すみません、と零す。

「ああ、ごめんなさい。じぃっと鏡見ていたんで…自分の世界に入っているのかなぁって思って声かけられませんでした」

クスクスと顎元に手を当てて笑う少年。
じっと鏡を見つめていたせいでナルシストとでも思われてしまっただろうか。
今までの自分の行動を見られていた気恥かしさから、里桜は瞬時に俯いた。

先ほどの独り言も聞かれていたら、傍から見れば可笑しいのは里桜だろう。
じっと見つめられても、文句は言えない。


「ごめんなさい…使います…?」
「ああ、ありがとうございます」

少年は礼儀正しく、礼をすると、里桜の隣にたち蛇口をひねりパシャパシャと水音を立てて顔を洗った。

(似てる…―)

ついつい今度は里桜が不躾に少年をじっと見つめてしまった。
少年は里桜≠ノ似ていた。
里桜自身が似ている、と思うほど、一つ一つの顔のパーツの顔立ちが似ているのだ。

本当は従兄弟である鈴よりも。

アーモンド型の形のいい瞳。薄い唇。
もちろん、違う部分だってある。身長だとか、鼻の形だとか、纏う空気、輪郭など。
里桜と並んで立ってしまえば、この男のほうが比べるまでもなくみながいい男、というだろう。

けれど、似ている気がするのだ。
雰囲気、だろうか…。


じっと見つめすぎたのだろう。
少年は顔をあげて、じっと見つめる里桜に「なんですか?」と問いかけた。


「いや…すいません…ジロジロみて…」
「ううん。可愛い子なら、どれだけ見られても大歓迎だよ、僕」

明るく微笑する少年。
爽やかな笑みでニコニコ笑う少年は…里桜に似ている顔立ちではあるが、里桜より男らしい顔立ちで朗らかで明るい好青年だった。
黒いストレートの髪に、学ランがよく似合う笑顔の似合う少年。

明るく爽やかな少年。
ニコニコと微笑むのは鈴と同じなのに。

(なんで、俺に似てると思っちゃったんだろ…)

自分はこんなにニコニコもしていないし、愛想などもないというのに。
陰気な自分よりも、笑っているこの少年はいつも笑顔の鈴に似ているはずなのに。


「ねぇ…」
「はい…」
「ここに泊まってるんだよね?君、宝生の人…?それとも、王蘭?」

わくわくと、瞳を輝かせながら少年は尋ねた。

「王蘭ですけど…?」
「ああ、王蘭の人。よろしくお願いします。僕は…制服でわかりますかね…。」

後頭部をかきながら、少年は笑う。
襟首には、エンブレムが光っている。

このエンブレムは鳳凰のものだった。
ということは、必然的に鳳凰の人間ということになる。
そもそも、今、ここに泊まっているのは、鳳凰と王蘭、そして宝生の生徒だけだ。


「鳳凰…」
「ああ、警戒しないでくださいよぉ。
俺、鳳凰生っていっても、下っ端の人間なんで!危害なんて与えないんで」

鳳凰ということで、瞬時に身構えてしまったのだろうか。
里桜の強ばった顔を見て、少年は取り繕うように笑ってみせた。

鳳凰だからって、差別した目で見すぎてしまっただろうか。

高橋をヤクザの息子だと、迫害した目で見たときのように。

(まったく俺は…友好的に接してくれる人間に…)
人の良さそうな少年の笑みに、里桜も強ばってはいるが笑みを返す。

今でこれなら、今日行われる会議はどうなることやら…。
自分は生徒会長なのだから、しっかりしなくてはいけないのに。
そう思い直し、里桜は少年を見返す。


「ま、確かに、先輩たちは嫌ってますけどね…。
今日の話し合いだって、二つの学校の運命を決める物って言ってまいたし。」
「運命…?」

そんな重大な話し合いだったのか。
そもそも、いがみ合っていた二校が、今更集いなんの話をするんだか。
何故、今になって話し合いをするなどという話になったのか。

疾風は理事長の意向と言っていたが、いったい、どういう意向があるというのだろう。


「まぁ、詳しくは俺も知らないんですけど…下っ端ですから。でも、鳳凰と王蘭で仲良くしてほしいんですけどね…。俺の愛おしい子≠ェ王蘭いるので…」
「愛おしい子…」

少年の言葉を反芻する。

鳳凰と王蘭生徒はいがみ合っている。その中で、愛おしい子がいるなんて、とんだ修羅場の恋だ。2校には、ロミオとジュリエット並みの、いがらみがあるのに。


少年は首にかけていたタオルで顔と手を拭き、里桜に背を向ける。
しかし、思い出したように、「ああ、そういえば…」と向き直った。


「…ボクの愛おしい人の名前はね…天音鈴っていうんです…」
「…え…、」
「ごめんね…実は、君のことも知ってるんだよ…。天音里桜さん」
「…俺の…」

何故、自分の名前を…?

里桜の疑問を口にする前に、少年は口元をあげる。


「何故って顔、してるね…」
「…っ、」
「それはね、ボクの名前が天音陸≠チていう名前だからだよ…」
「天音…陸…?」

名前を告げられても、里桜にその名の記憶はない。
ただ、同じ苗字だとしか感想も持たない。
同じ、《天音》だとしか…。


 混乱する里桜をよそに、少年は満足そうな表情を浮かべ、微笑する。


「ずっと、みてたから誰よりも知ってる。

僕の愛しいひとと、それにまとわりつく害虫のような《レプリカ》を。僕はずっと見ていたから。ずっとずっと、愛しく」
「…なに…?」
「…ずるいよね…、
レプリカのくせに…」


一瞬、少年の人好きするような笑みが消える。
一瞬見えた顔は…、何も映していない。

「レプリカのくせに、偽者のくせに…僕の愛しい人の側にいて。ただの…ゴミの癖にさ…」


まるで人が変わったかのように無表情だった。
最初に里桜を見つめていた時のように。

男の声色に、嫌な汗が背中を伝った。



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