開幕
どうして、忘れていたの。
どうして、忘れることが、できたのだろう・・・。
父が死んでも、無関心だった天音の家。
『いい気味だと、思った…これで、直人は僕らのモノになるんだから。永遠に』
『ねぇ、人殺しに、幸せになる資格ある…』
どうしてどうして、どうして。
『里桜、君もね、天音の贄になるんだよ…。』
すべて、俺は、忘れていた…?
―ホントニ?
ホ ン ト ニ ?
『3章 開幕』
ふわ、っとあくびをし眠気眼を擦りながら、里桜は洗面台に立って歯を磨いていた。
昨夜は、いろんな事があって、あまり眠れなかった。
だけど…、鏡に映る里桜はそんなに寝ていないにもかかわらずスッキリとしている。
なにか憑き物でも落ちたかのようだ。
真っ直ぐに前を見据える視線は、それまでの里桜の表情とは少し違っている。
(…せんせいの、お陰かな…、)
歯ブラシをコップに置いて、慣れ親しんだ伊達眼鏡を外す。
鈴に似ているようで、鈴よりも線の細い顔が鏡の前に顕になった。
鈴のように美少女のような愛らしい顔でもない。さして、特徴もない、平坦な顔。
鈴よりも繊細そうで中性的で、派手さもない里桜の顔。
今までは、素顔を鏡で見ることができなかった。
鈴と違い、自分にコンプレックスある顔を見たくなかったのだ。
だけど、疾風に双子である必要≠ヘないと言われ、こうして一個の人間として必要とされ、今は落ち着いた気持ちで鏡の中の自分を見ることができる。
ありのままの自分も、少しは受け入れようと心に余裕ができた。
「俺は、こんな顔、していたんだね…」
父に似た、柔らかな面影。母に似た通った鼻筋。
昨日まではあんなに自分の顔を見るのが嫌だったのに、今はしっかりと鏡の中の自分を見据えることができる。あんなにも自分を否定していたのが嘘のようだ。
鈴にできた家族を奪った。母が愛していた父を奪った。
みんなが必要としていた、父を奪った。
自分さえいなければ…といつも考えていた。
でも…。
「せんせい…はやてさんが、言ってくれたから…。俺を好きだって。一緒にいろって…だから…」
自分は必要と、されている。ここにいていいと言われた。
好きだと、言われた。
それだけで、少し強くなれた気がする。
今までの何かにとらわれていたような自責の念がなくなった。
「俺、頑張る…。父さんの分も、俺、頑張るから…」
鏡の前の自分に、語りかけるように告げる。
眼鏡をポケットに入れる。もう、これはいらない。
これからは、いらない。
鈴の代わりじゃないから。
父親という存在も、鈴を守る騎士も、もう鈴にはいらないから。
自分も前に歩かなくては、いけないから。
もう過去に囚われすぎていけはいけないから。
「…父さんも、見守っていてね…」
眼鏡をかけていない素顔で、里桜は鏡の自分に笑いかけた。
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