好きです、先輩
※『こっち向いて、先輩』『先輩の後悔』の続き



待ち合わせ時間は10時。
このまま何も問題がなければ目的地には9時半に着くだろう。
ケータイで今の時間を確認してからふと外を見ると、嫌味なほど真っ青に空は晴れていた。





先輩にドタキャンされた日、どうやって自分が家に帰ってきたのか、今だに思い出せない。
気付けば俺は自分の部屋で丸くなって寝ていた。
ボーッとしながらも、今何時だろうと時間を確認するともうすぐ9時になる頃で、目を覚ますために顔を洗おうと洗面所に行くと、洗面所の鏡には酷い顔をした自分の姿が映っていた。
目の周りは腫れぼったくなり、目も赤く充血している。
そこでようやく昨日の事を思い出し、無意識に涙がポロリと頬を伝った。

自分の意思とは関係なく次から次に出てくる涙も気にせず、昨日の事を必死に忘れようと勢いよくバシャバシャと顔を洗っていると、部屋の方からケータイが鳴っているのが聞こえた。
慌てて取りに行くと、先輩からの電話だった。
出るかどうか迷っているうちに電話はピタリと止まったが、また直ぐに電話がかかってきた。
恐る恐ると今度はその電話を取ると、出てすぐに先輩に謝られた。
どうやら先輩は俺の誕生日を忘れていたらしい。
『自分は先輩にとってそれだけの存在だったのか』と落ち込んでいると、先輩から取り繕うように『奏多もいるから3人で遊ぼう』と言われ、何もかもが嫌になり、それと同時にドッと暗い感情が押し寄せてきた。
2人きり って、先輩が言ったのに…

昨日から涙腺がおかしくなり、電話している今も止まらず涙が溢れてくる。
先輩に期待した分だけ傷付き、期待した自分が嫌になる。
だけどそれでも俺は懲りずにほんの僅かでも期待したくて『…俺と奏多くん、どっちが好きですか?』なんて質問をしてしまった。
結局怖くて自分から遮って答えは聞けなかったが、自分のためにももう、俺は先輩を好きでいることも憧れることもやめようと思った。
大学に入って高校時代には出来なかったことも、勇気を振り絞って話し掛けたおかげで十分に色んなことが出来たと思う。
本当は俺の存在すら先輩は知らなかったはずなのに、今こうやって認識してもらえるようになっただけでも幸せだ。だから、もういい。もういいや…。

アドレス帳から先輩の連絡先を出し、ケータイから削除した。
そして、その日のうちにケータイを解約しに行った。




それなのに…
友達に呼ばれた店に行くと何故か先輩がおり、俺が驚いてる間に腕を掴まれ、逃げられないようにされた。
『なんで、どうして』という言葉が頭の中でグルグルと回り、泣きそうになっていると
『お誕生日おめでとう、慎吾くん』と言われ、そっと抱き締められた。

先輩から何度も謝られ、そして誕生日プレゼントとして香水をもらった。
もう期待しないと決めたのに、こんなことされちゃ、また俺は期待してしまう。
先輩の顔を見れず始終俯いていると、頭を撫でられた。
先輩からの久しぶりのスキンシップに無意識に顔が熱くなり、さらに上を向けないでいると
突然真剣な声色で『最初からやり直させてくれ』と先輩が言ってきた。
何のことかとチラリと先輩を見ると目が合った。
『あの日の約束。今度こそ叶えるから』
そう言った後、日時と場所と時間だけを一方的に言い
『今日は騙すようなマネしてごめん。でもこうしなきゃ慎吾くんに会えないと思ったから…。待ってるね』とだけ言って、伝票を持って去ってしまった。






プシューッと扉が開かれ、電車を降りる。
あの時みたいにもしかしたら先輩は俺との約束を忘れて、来ないかもしれない…そう思いながらも心の何処かで『今日は必ず先輩は来てくれる』と期待してしまうのは先輩が『待ってる』と言ってくれたから。
徐々に近付く待ち合わせ場所に見覚えのある姿を見つけ、俺の頬は無意識に緩んだ。
そして早足になるのも抑えきれず、あっという間に目の前に着いてしまった。

「おはよー、慎吾くん」
「おはよう、ございます。先輩」
ニコニコと笑う先輩に俺は少し泣きそうになる。
あの日叶えられたかったことが、今ようやく叶うんだ。
そう思っただけで、俺の胸の中はいっぱいになり、溢れ出しそうになる。

「いつもは俺の方が早いのに、今日は先輩の方が早いですね」
「まぁね。今日は1秒でも慎吾くんのことを待たせたくなかったから、9時前にはここに着いてた」
「…さすがにそれは早すぎません?」
ふふふと笑うと先輩は照れたのか『ほら、行こう』と足早に歩き始めた。



連れて行かれた場所は映画館だった。
何を見るか二人で決めたところでチケットを買おうと財布を出すと、その前に先輩に止められた。

「今日は慎吾くんには絶対お金払わせないから、財布はカバンの一番奥に入れといてね」
えっ、いやでも…と反論しようものなら『先輩の言うことが聞けないのか?』と脇腹をくすぐられた。

「いいから後輩は大人しく先輩の言うこと聞いて奢られとけ。それに今日の目的は慎吾くんに楽しんでもらうためのデートなんだから、ドーンと俺に任せて」
カッコ良すぎる先輩にただただ俺は『はい、ありがとうございます…』と呟き、赤くなってる顔を俯いて隠すことしか出来なかった。



映画を見て、ランチして、ショッピングして…
まるで本当のデートの様に思えてしまうのは、きっと俺が先輩の事を好きだから都合良くそう思ってしまうんだろう。
周りから見ればただの先輩後輩同士で、やっていることも俺が金払っていないこと以外は普通のお出掛けと同じだが、俺は隣に先輩が居てくれるだけで楽しくて仕方ない。
だけど今更になって先輩は楽しいのかと心配になる。
きっと俺よりも奏多君と出掛けてる方が先輩は楽しいんじゃないかと嫌でも自分と奏多君を比べてしまう。
前は先輩と遊びに行けるだけでも幸せで、先輩が楽しんでいるかなんてあまり考えている余裕はなかった。
だけど奏多君が現れてからは先輩の一挙一動が気になり、先輩の顔色を伺うのが今じゃ癖になってしまった。

適当なアクセサリーを見つつも、横目ではしっかりと先輩をとらえ、様子をうかがう。
ずっと見ていたせいかバチリと先輩と目があってしまった。
慌てて何でも無いように視線をアクセサリーに移すと、後ろからヌッと先輩が現れた。

「何か欲しいものでもあった?」
「い、いえ何も…」
「ふーん。…あっ、ねぇねぇ慎吾くん。せっかくだしなんかお揃いのアクセでも買わない?」
『これとか良くない?あっ、でもこっちも…』と先輩は一人盛り上がり、楽しくない訳ではないんだとわかり、ホッと胸を撫で下ろした。

「そんな…申し訳ないですよ。」
「いいのいいの。俺が慎吾くんとお揃いの物が欲しいだけだから、慎吾くんは俺と一緒に何がいいか選んで、それを受け取ってくれればいいから。ね?」
先輩は俺をこれ以上先輩の事を好きにさせてどうしたいんだと問いつめたいぐらい、的確に俺の嬉しい事や欲しかった言葉を次から次へと俺にくれる。
正直もう頭も心も限界で、これは夢なんじゃないかと思うぐらいフワフワしてきた。
夢心地のまま表面上では『はい』と頷き、だけど頭の端では『さすがに今日1日色々奢ってもらい、その上物まで貰うのは先輩だとしても心苦しいな』と思い、後日何か先輩が喜んでくれそうな物をプレゼントをしようと考えた。




「今日1日、本当にありがとうございました。すっごく楽しかったです。」
「それならよかった。……あと、あの時はごめんな。大事な日だったのに…」
「あれはもういいです。今日こうやってしっかり俺を楽しませてくれたんで、あの時の事は今日でチャラです」
今日は久々にたくさん笑った。
あの日から涙しか出なく、笑いたくても上手に笑えなかった。
何も悪くないというのに勝手に奏多君に嫉妬し、『殺したい』とまで思い、不幸を願ったりもした。
それに本気でもう死のうとも思った。

だけどどれもこれも頭の中でだけで、実行することは、到底出来なかった。
結果としては、今はどれもしなくてよかったと安心しているが、あの時の俺は実行することは出来なかったが、『したい』と思っていたことは事実で、あの時の自分がいかに堕ちきっていたかがわかる。

今こうやって笑えるようになったのは先輩が隣にいてくれるから。
今日の事で、俺はさらに先輩の事を好きになってしまった。
それもどうしようもない程に…

自分でもこの先どうすればいいかがわからない。
諦めた方がいいとはわかっているが、ここまでくると先輩に振られるかしないと諦めきれない。
だけど俺にはもう告白する勇気なんて残ってない。
俺の勇気は、先輩に話し掛ける時に全て使い切ってしまった。

「先輩との思い出がまた一つ増えて嬉しいです。よかったらまた、遊びに誘ってくださいね」
時刻は既に19時を過ぎ、さすがにお腹が減ってきたのでお開きにしようと声をかけるが
「慎吾くん?もしかして帰ろうとしてる?ダメだよ帰さない。これから俺ん家行って、そのままお泊まりだから」
大丈夫!いつもは汚い部屋だけど、慎吾くんを呼ぼうと、昨日1日かけて念入りに掃除したから

予想していなかった言葉に目を見開き『え?あっ…はい』とだけ返事をするが、頭は全く働いてくれない。
ただわかるのは、初めての先輩ん家訪問だということだけ。



『先輩、…マジですか?』
『マジマジー。あっ、慎吾くんって実家暮らしだったっけ?一応家に連絡しといた方がいいんじゃない?』
『はい。しときます。……あの、家行くなんて知らなかったんで、何も手土産持ってきてないんですけど…』
『いやいやそんな大層なもんいらないって。…あーでも、どうしても気になるって言うなら、晩御飯は慎吾くんの手作りが食べたいなー』
『大した物作れないですよ』
『食べられればなんでもいいさ。確か冷蔵庫に何も入って無いとか思うから、帰りがけに一緒にスーパー寄って帰ろっか。』
『(…なんか、恋人同士みたい)』
『一緒にスーパー行って晩御飯の材料買うなんて、夫婦みたいだね』
『っ!!!!』







解説
アクセはピアス買ったので、穴が空いてない慎吾くんの耳を、先輩の手で貫通させます。
先輩は基本的に慎吾くんには優しい口調です。他の人には結構口悪いです。
バスケ部の後輩くんや奏多君に対しての口調が通常時です。

慎吾くんは先輩からもらった香水を付けてきてるので、先輩のお家に行ったら『俺のあげた香水付けてきてくれてありがとね。やっぱり慎吾くんにピッタリの良い匂いだ…』と後ろからハグし、首元スンスン。

これからきっと甘くなります。
積極的な先輩に対して慎吾くんはタジタジで、先輩からの過剰なスキンシップや甘い言葉に喜びながらも『先輩は俺のことただの後輩としか思ってないんだから期待しちゃだめだ』と自制。
先輩は『もっとワガママ言ったり、甘えたりしてくれればいいのに。…慎吾くんは可愛いなぁ』とデレデレ。
先輩はまだ完全に惚れてないです。だけど少なからず好意は持ってます。


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