先輩の思い
※『こっち向いて、先輩』『先輩の後悔』『好きです、先輩』の続き



1限目をほぼ睡眠の時間に使い、毎度のことながら「あとで困っても知りませんから」と奏多にぐちぐち言われた。
これじゃあどっちが年上かわかんねぇよと反発するが、「誠司さんの日頃の行いが悪いんですよ」と冷ややかな目で返される。
可愛くない後輩だなぁ…寛容な先輩でもさすがに怒るぞと冗談交じりに言うと、奏多はため息をつき、「なんでこんな出来の悪い先輩が先輩なのかと、常日頃疑問です」と真面目な顔をされた。
生意気な奏多にくすぐりを一発お見舞いしてやろうかと企み、後ろに回って『いざっ!!』という時に遠くの方に慎吾くんが歩いているのが見えた。
「奏多、確か次の時間も同じだよな?俺の荷物もよろしく」と持っていた鞄を渡し、慌てて慎吾くんを追いかけた。



「しーんごくん!」
「わっ!!…どうしたんですか?先輩」
「んーん。なんでもなーい。」

慎吾くんの後ろに立ち、抱きつくようにして前で手をクロスさせる。
首から香る香水の匂いと慎吾くん自身の匂いに、俺の顔はだらしなく緩んだ。

「そういえば、慎吾くんは今日何限で終わり?早めに終わるなら一緒に遊びに行かない?」
「今日ですか…今日は授業自体は早く終わるんですけど、そのあと速水と遊ぶ約束してて…」
「そっかー…それなら仕方ないね…って、ん?速水?…それってあの速水?」
「そうです。あの速水です」
「ならそれ、俺も一緒に行っていい?この前のことでお礼しなくちゃだし」
なんだかんだ高校時代の部活の後輩だった速水には、この前色々手伝ってもらった。
こいつのおかげで俺は慎吾くんと仲直りできた訳だし、一応感謝はしている。

「やばっ…もうすぐ2限目始まっちゃうからもう行くね。引き止めてごめん。またあとで連絡するから」
名残惜しいが、後ろを向いて目一杯手を振りながらも慎吾くんに別れを告げる。


2限目の授業が行われる教室に着き、奏多に「荷物ありがとな」と伝えると、こちらを見た奏多は顔を歪め
「誠司さん、ニヤニヤしてて気持ち悪いです…顔引き締めてください…」と指摘された。
自分の顔を触ってみると確かに奏多が言うとおり、顔がニヤけていた。「おっと、やばいやばい」と言いながら両手でグイグイと顔を引っ張り、「どお?」と奏多に聞くとチラッとこっちを見た後すぐに前へ向き直り、「相変わらずのアホ面ですよ」と言われた。
「そうかそうか、それならよかった」と言いつつも、今度こそ奏多に全力のくすぐりをお見舞いしてやった。
教室中に響く奏多の笑い声に即座に俺は奏多から距離をとり、突然笑い出した奏多にみんなの注目が集まる中、俺は他人の振りをして、早く授業終わらねぇかなと鼻歌交じりに思考を遠くへ飛ばした。





「お待たせ慎吾くん、待った?」
「いえ、全然。俺も今来たところです」
まるで恋人同士のデートの待ち合わせの時のそれみたいで、思ったことを口に出すと、途端に慎吾くんは顔を真っ赤にして「は、早く行きましょう…」と言いながら手首を引っ張られた。
そんな反応に可愛いなぁと思いながらも、掴まれてる手首から手を離させ、改めて手と手で繋ぎ直した。
キョトンとした顔をしている慎吾くんに構わず「速水と何処で待ち合わせしてんのー?」と声を掛けるとこれ以上ないぐらいに顔を真っ赤にさせ、繋がれてる手と俺の顔を交互に見つめアワアワと口を開閉させた。



顔を真っ赤にして涙目で『先輩…あの、手、離して…』と言われたらさすがに罪悪感もわく訳で、勿体無いが慎吾くんの手を離し、待ち合わせ場所へと向かった。

「しーんご!久しぶり。…んげっ、なんで常磐先輩もいるんすか!!!」
「久しぶりー」
「おうおう速水!『げっ』とはなんだ。久しぶりに会った尊敬すべき先輩様に向かってそんな態度とっていいと思ってんのか?くすぐりの刑に処すぞ」
「やめてくださいよー。常磐先輩のくすぐりとか、絶対容赦無いっすもん」
「俺からもやめてあげてください。こいつ、あり得ないぐらいくすぐり弱いんですよ。速水も先輩に対して『げっ』なんて失礼だよ」
だって常磐先輩も一緒に来るなんて知らなかったしー、事前に言ってくれればよかったのに…
ごめんごめん。連絡し忘れてたんだよ
と無意識に速水と慎吾くんは二人だけの空間を作り、俺は入るに入れなくなった。
それにいつも俺と喋る時とは違う、安心しきったような笑顔を速水に向ける慎吾くんに、気持ちがモヤモヤする。
慎吾くんのあんな笑顔、俺初めて見た…それに慎吾くんのタメ口…
慎吾くんに関して新しいことを知れるのは嬉しいが、それは俺が引き出してるのではなく、へらへらと笑う速水に対してでそれがより一層俺をムカつかせる。

「……とりあえずどっか店に入んねぇ?ずっと立ちっぱなしとか嫌なんだけど…」
不機嫌丸だしで二人に声を掛けるとハッとした顔をし、「すいません気付かなくて…」と申し訳なさそうに慎吾くんが謝ってきた。
…っ、ああああ…何やってるんだよ俺!慎吾くんにそんな顔させたくないのに…
さっさまでの安心しきったような笑顔から一転して顔を歪め、今にも泣き出しそうな顔をする慎吾くん。
元々遊ぶ約束してたのは二人で、俺はついでなのに、何偉そうにしてんだよ…

「あー…ほら!座ってる方が話しやすいじゃん?はは…」
「そうですよね。すいませんでした…」
一応笑ってみたが遅かったらしく、慎吾くんは暗い顔をして俯いてしまった。
チラッと速水の方を見ると、『あーあ』という顔をして、呆れたようにため息をついていた。



「あの…メニュー表どうぞ」
「え?…あっ、ありがとね、慎吾くん」
お店に入ってからも慎吾くんは暗い表情でこちらを気にして様子を伺ってくる。
「ちょっと俺、トイレ行ってくるわ…。速水、お礼は奢ってやるだけでいいよな?千円までなら奢ってやるから。慎吾くんは何でも好きなもの頼んでいいからね。ついでに俺のコーヒーも頼んどいてくれると嬉しいな」

扉をパタンと閉め、ふぅと息を吐く。
今日の俺はおかしい。
さっきからイライラが収まらないし、速水にはムカついて仕方ない。
そのせいで俺はあの時みたいにまた、慎吾くんを悲しませてしまっている。
慎吾くんにはいつも笑ってて欲しいと思うのになんで俺は慎吾くんにあんな顔をさせちゃうんだよ…
鏡の前で笑顔を作り、何度も確認する。
「よし…!!」
両頬を叩き気合を入れた。


「ただいまぁ……あ"?」
「お帰りなさい先輩」
「トイレ長かったっすね!!大っすか?」
「速水やめろよそういう話…今、食事中だろうが」
「だって常盤先輩トイレ長ぇんだもん」
トイレから戻ってくるとさっきまでの暗い顔が嘘のように慎吾くんはニコニコ笑い、俺に返事を返した後すぐに速水に向き直り『それより速水!大学生にもなって好き嫌いすんじゃねーよ』と言いながら、隣に座る速水の口に無理矢理ニンジンを持っていってるところだった。

「ちょっ、やーめーろー」
「ほらあーんしろあーん。」
「…うぇまっじぃ」
「おし、ちゃんと食ったな!偉いぞ速水!」
…ああなんだこれ、クソつまんねぇ。
さっきよりもイライラムカムカモヤモヤが倍増し、全ての負の感情が沸いて出てくる。
だけどさっきの二の舞を犯さないように笑顔だけは崩さず
「速水ー、慎吾くんの隣は俺だから、さっさとそこから退こうか」と声をかける。

「はいはーい。了解です」と言いながら席を移動する途中、コソッと俺にだけ聞こえる声で
『嫉妬するのもいい加減にした方がいいっすよ。いつまでもそれだと慎吾のやつが可哀想っす』と。
驚いて速水を見ると変わらず慎吾くんに向かってヘラヘラと笑っていた。
だけどやっと俺のこのモヤモヤする気持ちの意味がわかった。これが嫉妬だったのか。
わかったおかげで少しはスッキリし、さっきまでのモヤモヤが徐々に消えていく。

俺は自分が思っていた以上に相当慎吾くんのことが好きだったんだな。
ふふふと笑いたくなる気持ちを抑え、勢いよく慎吾くんの隣に座り、慎吾くんとの距離をゼロにした。
ピッタリと身体と身体がくっついた状態にプラスしてテーブルの下で軽く手を重ねると慎吾くんはカチンと固まった。

「ねぇ、慎吾。それ美味しい?俺にもちょうだい」
空いている左手で口の中を指し、俺にも『あーん』してと促す。

「え?名前…」
「慎吾、早く」
「…あのじゃあ、あーん…」
「…ん。美味しいね」
速水のやつが慎吾くんを呼び捨てにし、仲良くしてるのが羨ましかった。
あんな風に俺も慎吾くんの名前を呼びたくて勢いで呼んでしまったが、慣れない事をしたせいでこっちまで恥ずかしくなってきた。
俺の耳が赤くなってるのがバレないようにと願いながら『もっとちょうだい』と慎吾くんに強請る。



最近は抱きつくのには慣れてくれたが、未だに手を握ったり触ったりするのは恥ずかしいらしく、重ねた手はさりげなく離された。
だけどこれからは嫌でも慣れてもらおうとほくそ笑み、俺もお返しに慎吾くんに『あーん』をし返した。
真っ赤に染める頬を舐めたらきっと甘いんだろうなという誘惑と戦いながら、その思いを慎吾くんから隠すように俺は『どお?美味しい?』と聞き、ニコリと笑った。







解説
最初登場した時は、先輩を知ることとなった原因を作るためだけの名もなき友達Aくんだったのに、名前を付けることになるとは思ってもいませんでした。

先輩はスキンシップの多い人です。でも基本的には軽い物ばかりで、抱き付いたり手を握ったりするのは慎吾くんだけです。
現時点では慎吾くんは後ろからギュッと抱き締められるのには恥ずかしさや抵抗はありません。
だけど前から抱き締められたり手を握られたりするのはまだ恥ずかしく、顔を真っ赤にして照れしまう。

慎吾くんと速水くんは6年以上の付き合いなんで仲は凄くいいです。慎吾くんは『あいつとはただの腐れ縁』ぐらいにしか思ってないが、無意識に速水くんといる時は安心しきってます。
今回は速水くんと会ったことで安心してしまい、軽く先輩の事を忘れていた。そして先輩が不機嫌そうに声をかけられたことで、ハッと我に帰り自己嫌悪し始めた。だけど先輩がトイレに行ってる間に速水くんが頑張ってくれたおかげで、先輩がトイレから出てくる時にはいつも通りの慎吾くんに戻っていた。


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