先輩の後悔
※『こっち向いて、先輩』の続きで、先輩視点です。



6月の上旬、金曜日の3限目の現在
突然奏多が『実は僕、今日誕生日なんですよ』と興味無さげに呟いた。

「はぁあああ?お前…マジで?」
「…ええ、マジです」
「それをもっと早く言えよバカ!…ってことは今日でハタチってことだよな?…よし、大量に酒買って、今から俺家で飲むぞ」
「…は?」
さっきまでボーッと前を向いて講義を聞いていた奏多は勢いよくこちらを向き、唖然とした顔をしているのを見て、俺はニヤリと笑った。




お互い大量の酒を飲み続け、気付けば土曜の朝になっていた。
少しダルさは残っているが、それほど気にならない程度で
『んっー』と凝り固まった身体を伸びをしてほぐしていると、ガタリと音をたてて扉が開かれた。

「よぉー、奏多はよー」
「……」
「…奏多?どうかしたか?」
「うっ…気持ち悪い…あと、頭痛い」
よくよく見ると奏多の顔は真っ青で、体調が悪いことは一目瞭然だった。

「やったな、それが二日酔いだ」
「『やったな』じゃないですよ!昨日誠司さんがあんだけ飲ませるから…」
体調が悪いからか、本気で怒っている奏多を『今日1日、俺がちゃんと看病するから』と宥めながら謝っていると、チラッとテーブルを見た奏多が不機嫌気味に『メール来てますよ』と言い俺のケータイを渡してきた。

朝早くから誰だよとメールの中身を見るとそれは慎吾くんからで、今日遊ぶ約束をしていたのをハッと思い出した。
だけど奏多の看病すると言った手前、体調の悪そうな奏多を置いて遊びに行けるはずもなく、申し訳ないが慎吾くんには断りの電話をいれた。



俺の甲斐甲斐しい看病のおかげで、次の日には奏多の体調は良くなった。

「んあー!久々にこんなによく寝ましたよ。誠司さん、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ沢山飲ませてすいませんでした」
「ほんと、今度からはあーいうことやめてくださいね。…そーいえばずっと気になってたんですけど、ベッドのそばにあるあの紙袋って何なんですか?」
すっかり顔色の良くなった奏多の指差した方を見ると、確かにそこには小さめの紙袋が置いてあった。

「あー、あれは…。…っ!!うあぁあああ!ヤバい!」
思い出した。
昨日は慎吾くんの誕生日で、俺から慎吾くんの事を遊びに誘ったんだった…
奏多が突然誕生日だって言い出したから、すっかり頭から抜け落ちていた。
慌てて違う部屋に行き、ケータイを取り出し、慎吾くんへと電話をかけるが、プルルルルと機会音が鳴るだけでなかなか出る様子がない。
しつこく電話をし、3回目にしてようやく『…はい』と慎吾くんが電話に出た。

「あっ、慎吾くん?…昨日はごめんね。昨日って、慎吾くんの誕…」
『大丈夫ですよ。先輩、忙しかったんですよね?わかってますから』
「…本当にごめん。俺から言い出したのに…。そうだ!今日空いてる?今奏多も居るからさ、よかったら三人で遊びに行こうよ」
『……』
「…?慎吾くん?」
『…すいません。今日はちょっと予定あるので…。
…また今度、遊びに誘ってください。それでいいですから」
いやでも…と言う俺に、慎吾くんは始終『気にしないでください』と言い、譲らなかった。
俺から誘った上にドタキャンしたことに、今更だが罪悪感がわく。

『……あの先輩、最後に聞いていいですか?』
「え?…うん」
『…俺と奏多くん、どっちが好きですか?』
どーいう意味か、質問の意図がわからず俺が黙っていると『…すいません。何でもないです。今のは忘れてください…それじゃあ』と言い、電話を切られてしまった。

部屋に戻ると奏多が『何かあったんですか?』と聞いてきたが、俺にもよくわからん。






おかしい…
あれから数週間も経ってるのに、慎吾くんとは一回も会えていない。

遊びに行くのは後日だとしても、誕生日プレゼントだけは先に渡しておこうと慎吾くんを探したが、全然見つからなかった。
そもそも慎吾くんとは授業が被って無い上に、慎吾くんから俺に会いに来てくれていたから、いつも慎吾くんが何処にいるのかを俺は知らない。

何故だかわからないが胸騒ぎがする。
言いようのない不安を感じながらも『そうだ。電話をかければいいんだ』と電話をかけるが、無情にも
『このケータイは現在使われておりません』というアナウンスが流れるだけで、慎吾くんは出なかった。
何かの間違いだと何回か再び電話をかけたが、何回かやっても結果は同じだった。
メールならもしかして、と僅かな期待に賭けたが、慎吾くんへと送ったメールは返ってきてしまった。


急いで友人の元へ行き『なぁ、慎吾くんの連絡先知らねぇ?』と聞くが
『え?いや、いつもお前経由で連絡してたから知らねぇけど?…なんかあったのか?』と…。
他の奴らに聞いても返答は同じで、みんな慎吾くんの連絡先を知らないと言う。
なんで…なんで…

「せんぱーい」
「慎吾く…」
「誠司さん?なんかあったんですか?みんな心配してますよ」
『先輩』という呼び方に『もしかして慎吾くんか?』と思い振り返るが、そこに居たのは不思議そうな顔をして俺の様子を伺っている奏多だった。

「なんだ、奏多か…」
一瞬でも期待した分、慎吾くんではなかったことに、ガッカリする。

『奏多か…じゃないですよ!本当にどうしたんですか?最近変ですよ?』『誠司さん?』『先輩?』『おーい聞いてますかー?』

「…っるせぇ、そもそもお前がっ!!!!」
なかなか慎吾くんが見つからずイラつき、思わず奏多に叫んでしまい、ハッとする。
『わりぃ…』とだけ言い、俺は逃げるようにしてその場を去った。




床にしゃがみ込み頭を抱える。

きっと慎吾くんは俺のこと嫌いになったんだ…
そりゃそうだよな。俺から慎吾くんの誕生日だからって約束取り付けたのに、ドタキャンするなんて…
それに何も悪くない奏多にも八つ当たりしちまったし…

いつもは自己嫌悪なんてしないのに、さっきから自己嫌悪が止まらない。
高校時代の試合中だって自分のせいで失点し、自己嫌悪しても、その自己嫌悪が『もっと頑張って点取らなきゃ』という試合への活力となった。
だけど今の俺は、ただただ大事な事を忘れ、能天気だった自分を殴ってやりたい。


はぁと深いため息をつき、今後どうするか考える。
学校の広い校舎の中、慎吾くんを見つけるのはここ数週間で不可能だということは学習した。
それなら…
ケータイを取り出し、ある奴に電話をかける。

「もしもし?俺だけど、とりあえず今すぐ来い。場所は……」





店に入り、キョロキョロと周りを見渡してる奴に
『こっちだ』と声をかけると、相手は俺に気付き、真っ直ぐとこちらへやってきた。

「常磐先輩久しぶりですね。…突然呼び出して、どーしたんすか?」
「お前とさぁ、高校時代同じ学年だった『姫嶋慎吾』ってやつ、知ってるか?」
「慎吾?はい、知ってますけど?」
「っ!!!連絡先とかわかるか?」
初めて会った日、慎吾くんは俺と同じ高校の出身だと言っていた。
1学年10クラス以上ある学校だったからあまり期待はしていなかったが、高校時代の部活の後輩は、慎吾くんの事を知っていたようだ。

「わかりますよ。…ってか慎吾、常磐先輩と仲良くなれたんすね。よかった…」
「は?どーいうこと?」
「あれ?慎吾から聞いてないんすか?慎吾、常磐先輩が居るからってわざわざあの大学に行ったんすよ?」
俺、慎吾とは中学時代から仲良いんですけど、高校に入学してすぐ、部活の体験入部あったじゃないっすか
まだそん時俺、慎吾以外友達が居なくて『体験入部だけでいいから』って慎吾を誘ったんすよ。
その時にお手本として常磐先輩がフリースローしてたのに感動したらしく
慎吾のやつずっと常磐先輩の事、憧れてたんすよ。
毎日毎日に俺に『いつ試合あるんだー』とか『常磐さんの怪我の様子どうだー』とかいつも先輩の事ばっか聞かれるし
先輩が卒業した時なんて、後輩の俺達以上に慎吾のやつ泣いてましたよ

あと、これは言っていいのかわからないっすけど、多分先輩の事好きだったんすよ。
自分では憧れだって言ってましたけど、周りから見れば直ぐにわかります。
だから『常磐さんって大学何処に行ったの?』って聞かれた時、ずっとただ見てるだけじゃなくて、知り合いでもいいから大学に入ってからは仲良くなれればいいなって思って、常磐先輩の進学先を教えました。


後輩の発言にそーいえば、と思い出した。
初めてあった日、どこか慎吾くんは緊張し、少し笑顔が強張っていた。
連絡先交換した日、『いいんですか?本当に?』と何度も何度も俺に確認し、笑顔を押し殺していた。
名前で呼ぶようになった日、『もっと俺の名前、呼んでください…』と恥ずかしそうに笑った。
軽くスキンシップしてみた日、顔を真っ赤にしながらも頑張って普通を装おうとしていた。
初めて二人で遊びに行った日、まだ雪の残っている寒い日だったのに、待ち合わせ時間の一時間前から慎吾くんは俺を待ち、やってきた俺に寒さで鼻や耳を赤くさせたまま
今にも泣きそうな顔をして、くしゃっと笑った。
慎吾くんの誕生日は二人で遊びに行こうと言った日、目を大きく開かせ本当に嬉しそうに『楽しみにしてますね』と言った。

「…慎吾くんの健気っぷりに俺、涙出てきたわ…。俺ってばスゲー好かれてたんだな。…それなのに全然気付いてあげれてなかったわ」
「常磐先輩って昔から人の感情に鈍感っすからね」
「……慎吾くんとの大事な約束ドタキャンした上に、『二人きり』って自分から言ったのに他のやつ誘おうとしてたし、俺って鈍感すぎだな…」
ハハハと乾いた笑いが出てくる。
やっと今になってあの時の『…俺と奏多くん、どっちが好きですか?』という言葉の意味がわかった。
最近は奏多とばっか遊んでいたし、前は慎吾くんとはもっと頻繁に話したり会っていたのに
今は、慎吾くんの嬉しそうな笑顔をいつ見たかすら思い出せない。
…きっと、慎吾くんはずっと奏多に嫉妬してたんだな…


「今すぐ連絡して、慎吾くんをここに呼べ。んで、お前は帰れ」
俺の突然の横暴な発言に『はいはい、わかりました。…今度なんかお礼してくださいね。あと、慎吾のことお願いしますよ』と言い、電話をかけ始めた。


『んじゃ、俺は帰るんで』と言って後輩が帰ってから、もう30分は経った。

慎吾くんの誕生日を知った日、俺はその日のうちに慎吾くんへの誕生日プレゼントを買った。
慎吾くんのイメージにピッタリの柑橘類の香水を…
この匂いを嗅いだ瞬間、慎吾くんが頭に浮かび、俺の選んだこの香水の匂いをいつも慎吾くんに纏っていてほしいと思った。


慎吾くんに会ったらまずなんて言おうか…
『久しぶり』『ごめんなさい』『おはよう』
あぁ、そうだ…忘れてた…
そういえば、まだ確か言ってなかったや…



「お誕生日おめでとう、慎吾くん」
驚き、目を見開いてる慎吾くんの腕を逃げないように掴み、今にも泣きそうな顔をしている慎吾くんを俺はそっと抱き締めた。







解説
『こっち向いて、先輩』の続きを書くにあたって、慎吾くん視点は私では表現出来ないレベルに落ち込んでいるので、割と書きやすい先輩視点を書かせてもらいました。

先輩はノンケです。
『慎吾くんが自分の事を好き』と知って『そうなんだ』と受け止めただけで、今のところ特に恋愛的進展はないです。
その代わり、今後先輩の1番は慎吾くんになりそうです。
そしてさらに慎吾くんの良さや大事さに気付き、夏休みぐらいには恋愛的な関係に変わってればいいと思います。


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